2024.12.5
事例で考える 「配転命令」(弁護士:中澤 亮一)
配転命令権の根拠と要件
【1】定義
「配転」とは、従業員の配置の変更のうち、職務内容又は勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるものをいいます(菅野和夫「労働法(第11版)」684頁等)。
同一勤務地(事業所)内の部署等の変更を「配置転換」、勤務地自体の変更を「転勤」と呼ぶこともあります。
【2】配転命令権の要件等
戦後、終身雇用制度を採用した日本の企業においては、正社員等の長期雇用を前提とした労働契約関係が成立しており、そのもとでは、使用者に人事権の一つとして、労働者の職務内容や勤務地を決定する権限(すなわち配転命令権)があるものと解されます。
判例(東亜ペイント事件・最高裁昭和61年7月14日判決)でも、①労働協約や就業規則に配転を命じることができる旨の定めが存在すること、②過去に頻繁な配転、転勤の実績があること、③労働者との間において勤務地限定の合意が存在しないこと、を要件とし、使用者は業務上の必要性に応じて、労働者の個別同意がなくとも配転を命じることができると判示しています。
上記判例が①で示すように、配転命令にあたっては就業規則等に定めが必要ですので、実際には「業務上必要がある場合には、労働者に対して就業場所及び従事する業務の変更を命じることがある」「この場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない」といった趣旨の規定を定めておくことが必要でしょう。
また、その際に生じる賃金の増減についても賃金規程等に定めておくべきといえます。
【3】配転命令権の限界
もっとも、配転命令権にも様々な規制や限界はあり、無制限ではありません。
たとえば、平成13年に育児・介護休業法(以下「育介法」といいます。)が改正され、「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」(育介法26条)と定められ、さらに、平成20年に施行された労働契約法3条3項では「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」と定められており、配転命令権を制限する趣旨のものです。
これらはあくまで「配慮」を求めるものですが、後述の通り近年は裁判所もこれらを判断要素として重視する傾向にあります。
このほかにも、①男女雇用機会均等法や労基法などの法令上の規制(男女差別の規制など)、②勤務地や職種の限定特約といった労働契約上の特約、③権利濫用の禁止、といったものがあります。
転勤についての事例
【1】事例
3歳の子を育児中の従業員に対して、事業所の変更を伴う配転(つまり転勤)を命じようとしたところ、従業員から「その事業所に転勤することになると、通勤の時間が1時間以上増えて、子どもの保育園の送り迎えができなくなる」「今のまま働きたいので転勤には応じられません」と言われ、拒否されてしまった。
このまま転勤の命令を出してよいか。
【2】検討
上に述べた通り、使用者(会社)には配転を命じることができる権限があり、その裁量権も広いものと解されています。
実際に、上記の事例と同様の事案(転勤によって通勤時間が1時間程度増加し、片道1時間43分余りとなるため3歳の子の保育が制限されると主張した)で、裁判所は「労働者が被る不利益は必ずしも小さくないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない」と判断して、配転を有効としています(ケンウッド事件、最高裁平成12年1月28日判決)。
ただ、この判例の翌年の平成13年に、上述の通り育介法が制定されており、「配慮」であるとはいえ、裁判所はこの点を重視する傾向になってきています。
実際に、ネスレ日本事件(大阪高裁平成18年4月14日判決)では、経営効率化のために従業員に対して姫路工場から霞ケ浦工場(茨城県)への配転を命じたところ、当該従業員が精神病を患っている家族や母の介護等を理由に拒否したという事案で、「配転の有無程度は、配転命令を受けた労働者の不利益が、通常甘受すべき程度を著しく超えるか否か、配転命令権の行使が権利の濫用となるかどうかの判断に影響を与える」と判示し、結論としては、配転を無効としています。
なお、育介法の成立前の事案ではありますが、北海道コカ・コーラボトリング事件(札幌地裁平成9年7月23日決定)では、帯広工場から札幌工場への配転命令について、当該従業員の二人の娘が病を患っており、加えて両親の家業である農業の面倒を見ているとして、命令を権利濫用として無効と判断しています。
【3】結語
以上の通り、このような配転命令にあたっては、業務上の必要性と従業員の不利益を比較衡量し、とくに遠隔地への転勤に関しては、育児や介護等の事情に鑑み、その不利益性をより重視して判断を行うことが重要になるといえます。
育介法を受けた厚労省の「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置等に関する指針」(平成21年厚労告509号)では、概要、①養育・介護の状況を把握し、②労働者本人の意向をしんしゃくし、また、③就業場所の変更を伴う場合には、養育・介護の代替手段の有無の確認をすることが求められていることから、私生活上の不利益の判断においては、このような配慮が十分に行われたか否かが重要です。
会社が配転命令を検討するにあたっては、この指針を参考にしつつ対応すべきでしょう。
育介指針・通達の内容
[ 育介指針の内容 ]
①当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況を把握すること
②労働者本人の意向をしんしゃくすること
③配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをした場合の子の養育又は家族の介護の代替 手段の有無の確認を行うこと[ 通達の内容 ]
子の養育又は家族の介護を行うことが「 困難となることとなる」 とは、転勤命令の検討をする際等において、配置の変更後に労働者が行う子の養育や家族の介護に係る状況、具体的には、配置の変更後における通勤の負担、当該労働者の配偶者等の家族の状況、配置の変更後の就業の場所近辺における育児サービスの状況等の諸般の事情を総合的に勘案し、個別具体的に判断すべきものであること。「配慮」とは、労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものの対象となる労働者について子の養育又は家族の介護を行うことが困難とならないよう意を用いること(後略)。
[参考文献]
菅野和夫 労働法(第11版)
東京弁護士会労働法制特別委員会 新労働事件実務マニュアル(第4版)
労政時報 第4077号
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2024年10月5日号(vol.297)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。