自然災害時の労働契約(弁護士:細野希)

この記事を執筆した弁護士
弁護士 細野 希

細野 希
(ほその のぞみ)

一新総合法律事務所 
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市
出身大学:新潟大学法科大学院修了
主な取扱分野は、交通事故と離婚。そのほか、金銭問題、相続等の家事事件や企業法務など幅広い分野に対応しています。
事務所全体で300社以上の企業との顧問契約があり、数多くの企業でハラスメント研修、相続関連セミナーの外部講師を務めた実績があります。

はじめに

地震、台風、洪水などの自然災害が生じた際に、生活基盤が崩れて仕事ができなくなることがありますが、そのときの労働契約はどうなるのでしょうか。

令和6年2月2日付で、厚生労働省は「自然災害時の事業運営における労働基準法や労働契約法の取り扱いに関するQ&A」を公表していますので、一部を抜粋してご説明したいと思います。

災害時の支援策は?

① 被災により、事業の休止を余儀なくされた場合、支援策として、災害時における雇用保険制度の特別措置や雇用調整助成金があります。

雇用保険の特別措置は、災害救助法の適用地域内に所在地を置く事業所が、災害により事業を休止・廃止したため、一時的に離職した方については、事業再開後の再雇用が予定される場合でも受給要件(雇用保険の被保険者期間が6 か月以上など)を満たすときには、雇用保険の基本手当を受給することができるとされています。

②  また、雇用調整助成金は、景気の変動、産業構造の変化のその他「経済上の理由」により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、その雇用する労働者を対象に休業等を実施したうえ、休業手当等の支払いを行うことにより、雇用の維持を図る事業主に対し、休業手当等の一部を助成するものです。

自然災害に伴う経済的な悪化については、「経済上の理由」に該当し、雇用調整助成金の対象になる可能性があります。

労働基準法26 条(休業手当)との関係は?

労働基準法26 条は、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中、当該労働者に、その平均賃金の100 分の60 以上の手当を支払わなければならない。」と規定しています。


もっとも、自然災害により、事業場の施設・設備が直接的な被害を受けて、労働者を休業させる場合、休業の原因が事業主の関与の対象外のものであり、事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故に該当するので、原則として「使用者の責に帰すべき事由」による休業には該当しないと考えられています。


他方、事業場の施設・設備が直接的な被害を受けていない場合、原則として「使用者の責に帰すべき事由」による休業に該当します。

ただし、①その原因が事業の外部より発生した事故であり、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故である場合には、例外的に「使用者の責に帰すべき事由」による休業には該当しないとされています。


休業手当は、労働者の最低限の生活保障を目的としているので、事業主が経営上の最大の注意義務を尽くしても回避不可能な事態であったかどうかが支給対象の判断事情になっています。

災害を理由に解雇・雇止めができるか?

① 無期労働契約(期間の定めがない労働契約)の場合

労働契約法16 条(解雇)は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と記載されています。

災害によって事業場が被害を受け、操業不能に陥ったことを理由とする解雇などで、経営上の理由により解雇を行う場合は、いわゆる「整理解雇」に該当します。

この整理解雇については、裁判例は、⑴人員整理の必要性、⑵解雇回避努力義務の履践、⑶被解雇者選定基準の合理性、⑷解雇手続きの妥当性という4 つの事項が考慮されています。

② 有期労働契約(期間の定めのある労働契約)の場合

労働契約法17 条(契約期間中の解雇等)では、「使用者は、期間の定めのある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。」と規定されています。

つまり、無期労働契約より、有期労働契約の方が、雇用期間が短いので、その期間中の雇用が保護されている規定になっています。

そのため、有期労働契約期間中の解雇は、無期労働契約の解雇よりも、無効と判断される可能性が高くなりますので、注意が必要です。

売上減少による賃金の引き下げができるか?

災害により店舗の被災はなかったが、来客数が減少し、売上が大幅に下がった場合に、労働契約、労働協約、就業規則、労働慣行に基づき従来支払われていた従業員の賃金を引き下げることは、労働条件の不利益変更に該当します。

労働条件の変更は、労働者と使用者の個別の合意があれば可能ですが(労働契約法8 条)、両者の合意がなく、就業規則で一方的に不利益な変更をする場合は、所定の手続きにより適法に行うことが必要です。

具体的には、就業規則により賃金の引き下げを行う場合には、労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等の交渉の状況等に照らして合理的であること、また、変更後の就業規則を労働者に周知させることが必要になります(労働契約法9 条から10 条)。


また、就業規則の変更の際には、労働者の代表者等の意見を聴くとともに、労働基準監督署への届出が義務付けられています(労働基準法89 条及び90 条)。

おわりに

自然災害は、非日常的な出来事で、労使双方にとって経済的に損失を被ることもあります。

都道府県労働局及び各労働基準監督署には、総合労働相談コーナーがあり、個別の相談・情報提供等を行っていま
す。

緊急時に簡易・迅速に相談したい場合には、お問い合わせください。


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2024年6月5日号(vol.293)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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