音楽教室内で生徒が行った演奏は著作権者の著作権を侵害しないと判断した事例(弁護士:朝妻 太郎)

この記事を執筆した弁護士
弁護士 朝妻 太郎

朝妻 太郎
(あさづま たろう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市
出身大学:東北大学法学部

関東弁護士連合会シンポジウム委員会副委員長(令和元年度)、同弁護士偏在問題対策委員会委員長(令和4年度)、新潟県弁護士会副会長(令和5年度)などを歴任。主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働事件(企業側)、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)のほか、離婚、不動産、金銭問題など幅広い分野に精通しています。
数多くの企業でハラスメント研修、また、税理士や社会保険労務士、行政書士などの士業に関わる講演の講師を務めた実績があります。
著書に『保証の実務【新版】』共著(新潟県弁護士会)、『労働災害の法務実務』共著(ぎょうせい)があります。

事案の概要

平成29 年にJASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)が音楽教室における演奏等に対して使用料を徴収する方針を打ち出し、大きなニュースになりました。

音楽教室側がこれに反対する運動を展開していたことは皆さんも覚えておられるかもしれません。

本訴訟は、使用料徴収に反対する大手音楽教室等約250 名が原告となってJASRAC を提訴し、音楽教室における演奏等には著作権が及ばないこと(JASRAC の使用許諾がなくても著作権侵害はなく、JASRAC に対して権利侵害に伴う損害賠償債務がないこと)の確認を求めたものです。

平成29年の東京地裁への提訴後5年を経て、最高裁が一定の判断を下したことになります。

音楽演奏と著作権

著作権法では、著作物を「思想又は感情を」「創作的に」「表現したもの」で、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義しています。

音楽の著作物には、曲のほかに歌詞も含まれます。

これらの著作物にはそれぞれ作成者(著作権者)の著作権が認められています。

著作権の中には、公衆向けに音楽を楽器で演奏したり歌唱したりすることに関する演奏権があります。

著作権法で許容される場合を除いて、著作権者から使用許諾の無い者が公衆に直接聞かせることを目的とする演奏を行うことは著作権侵害となるわけです。

著作権侵害となれば、演奏した者に損害賠償責任が発生することになります。


著作権法第22条

 著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する。

著作権法第2条5項

 この法律にいう「公衆」には、特定かつ多数の者を含むものとする。


音楽教室における演奏が著作権における演奏になるか

JASRACが、音楽教室での演奏に対し使用料を支払わせて使用許諾を与える方針を明確にしたのに対し、音楽教室側は、そもそも音楽教室での演奏は演奏権が及ばないから著作権侵害にはならない、そのため使用許諾を得るための使用料支払いも不要、と主張しました。

上記で説明したとおり、著作権法で保護される「演奏」とは「公衆に直接聞かせるための演奏」であるため、音楽教室での演奏が「公衆に直接聞かせる」ものかどうか、が問題となりました。

音楽教室では、音楽教室側(教師側)が演奏する場合と、生徒が演奏する場合とが想定されますが、原審と最高裁は、この2つの場合を分けて判断しています。

原審(知財高裁)の判断

原審である知財高裁は、音楽教室側が演奏する場合(音楽教室側が演奏主体の場合)には、生徒が「公衆」にあたり、「公衆に直接聞かせるための演奏」となると判断しています。

音楽教室内には受講契約している生徒さんしかおらず「公衆」といえなさそうですが、音楽教室は誰とでも受講契約ができるため、生徒の数が1 人であっても不特定な人々、つまり「公衆」にあたるとなります。

そのため、教師が行う模範演奏ではJASRACの許可が必要(そのため使用料の支払いが必要)となります。

他方、生徒が演奏する場合は「公衆に直接聞かせるための演奏」にあたらず演奏権の侵害はない、と判断しています。

生徒による演奏の主体はあくまで生徒自身であり(音楽教室ではない)、教師に聞かせるために演奏するもので、教師は「公衆」にあたらないから、演奏権で保護される演奏にあたらないと考えられたためです。

最高裁判所の判断

結論:原審を維持

JASRAC 側は、知財高裁の判断に対し、生徒は受講契約の下教師の強い管理支配の下で演奏していること、音楽教室側は営利目的で運営する音楽教室で課題曲を生徒に演奏させて経済的利益を得ているのだから、生徒が演奏する本件管理著作物の利用主体であるとはいえず、利用主体はあくまで音楽教室であって、生徒が演奏する場合も「公衆に直接聞かせるための演奏」にあたる、と主張し上告しました。

これに対し、最高裁は、音楽教室側の演奏は「公衆に直接聞かせるための演奏」にあたり使用許諾がなければ著作権(演奏権)の侵害にあたる一方、生徒の演奏は著作権の侵害にあたらない、と判断しました。

最高裁は、生徒の行う演奏について、演奏の形態による音楽著作物の利用主体の判断にあたっては、演奏の目的及び態様、演奏への関与の内容及び程度等の諸般の事情を考慮するのが相当という判断基準を立てました。

そして、①音楽教室での生徒の演奏は教師から演奏技術等の教授を受けてこれを習得し、その向上を図ることを目的としていること(課題曲の演奏はその手段に過ぎないこと)、②生徒の演奏は生徒の行為のみで成り立つこと(教師の行為を要しないこと)、③教師が課題曲を選定し指示・指導するのは生徒の演奏技術の向上の目的のための助力に過ぎないうえ、生徒の演奏は任意かつ自主的なものであること等を理由として、利用主体は生徒であって、音楽教室ではないと判断したのです。

実務への影響

報道等では、生徒の行う演奏に著作権たる演奏権が及ばないという判断部分がクローズアップされていますが、教師が行う演奏に対しては著作権が及ぶ(著作権者の使用許諾が必要)ことが明示され、音楽教室側が一定の使用許諾料を負担しなければならないことが確定しました。

もっとも、音楽教室内における演奏の大部分は生徒によるものであり、教師による模範演奏はほんの一部でしょうから、定められる使用料についても、JASRAC が当初想定しているものよりも低額なものに落ち着くのではないかと考えられます。


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2023年9月5日号(vol.284)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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