2020.3.27
パワハラに対応するための事業主の義務 ~労働施策総合推進法の改正~
はじめに
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)に関する法制度が新しくなります。
令和元年5月29日、労働施策総合推進法の改正案が国会で成立しました。
この法律は、パワハラの定義を示すとともに、事業主に対して、パワハラに適切に対応するための雇用管理上必要な措置を講じることを義務付けています。
パワハラの概念
職場におけるパワハラの定義につきましては、 上記の労働施策総合推進法が、「職場において 行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害される こと」と規定しています。
すなわち、職場において行われる言動のうち、次の3つの要素を全て満たすものが、職場におけるパワハラに該当します。
- ① 優越的な関係を背景とした言動である。
- ② 業務上必要かつ相当な範囲を超えている。
- ③ 労働者の就業環境が害されるものである。
言い換えれば、優越的な関係を背景としていない言動や、業務上必要かつ相当な範囲内の言動であれば、労働施策総合推進法の規定するパワハラには該当しません。
パワハラの具体例について
どのような言動がパワハラに該当するかの具体例につきましては、現在、厚生労働省が指 針を作成している段階であり、「指針の素案」が公表されています。
あくまで暫定的なものであり、今後変更される可能性がありますが、上記の「指針の素案」によれば、パワハラに該当すると考えられる具体例は次のとおりです。
- ⑴ 暴行、傷害(身体的な攻撃)
・殴打、足蹴りを行うこと。
・怪我をしかねない物を投げつけること。
- ⑵ 脅迫、名誉毀損、侮辱、ひどい暴言(精神的な攻撃)
・ 人格を否定するような発言をすること。(例えば、相手の性的指向・性自認に関する侮辱的 な発言をすることを含む。)
・ 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
・ 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
・ 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。
- ⑶ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
・ 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を 外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、 自宅研修させたりすること。
・ 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。
- ⑷ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
・ 長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での、勤務に直接関係のない作業を命ずること。
・ 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま 到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
・ 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処 理を強制的に行わせること。
- ⑸ 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや、仕事を与えないこと(過小な要求)
・ 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。
・ 気にいらない労働者に対して、嫌がらせのために仕事を与えないこと。
- ⑹ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
・ 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。
・ 労働者の性的指向
・ 性自認や病歴、不妊治療 等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。
事業主が講じるべき措置
労働施策総合推進法は、事業主に対する義務として、「労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」と規定しています(事業主がこれに違反した場合、行政機関から助言、指導または勧告がなされます)。
この、「雇用管理上必要な措置」の具体的な内容についても、現在、厚生労働省が指針を作成している段階であり、「指針の骨子(案)」 が公表されています「指針の骨子(案)」によると、「雇用管理上必要な措置」の具体的内容は次のとおりです。
- a.事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
- b.相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- c.職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅 速かつ適切な対応 (迅速・正確な事実確認、被害者への配慮措置、 加害者への措置、再発防止)
- d.aからcまでの措置と併せて講ずべき措置(相談 者・行為者等のプライバシー保護、相談等を理 由とした不利益取扱いの禁止)
なお、労働施策総合推進法の改正内容が施行されるのは、令和 2 年 6 月 1 日の予定です。
ただし、中小企業者(下表※1の定義による)については、令和4年3月31日までは努力義務にとどまる予定です。
< ※1表 >
おわりに
職場におけるパワハラは、被害を受けた従業員自身が傷つくだけでなく、事業主にとっても、 被害を受けた従業員から訴訟を提起される危険や、被害を受けていない従業員も含めて退職による人材流出が起こる危険を有するものです。
事業主としては、上に挙げた措置を適切に講じて、パワハラの予防、早期発見及び早期対応を行うことが非常に重要です。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2020年1月5日号(vol.240)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。