事業者と公益通報制度(弁護士:海津 諭)

この記事を執筆した弁護士
弁護士 海津 諭

海津 諭
(かいづ さとる)

一新総合法律事務所 
理事/弁護士

出身地:新潟県燕市
出身大学:京都大学法科大学院修了
新潟県公害審査委員、新潟県景観審議会委員を務めています。主な取扱分野は、相続全般のほか、離婚、金銭問題、企業法務など幅広い分野に精通しています。
また、『月刊キャレル』(出版:新潟日報事業社)に掲載のコーナー「法律相談室」に不定期で寄稿しており、身近な法律の疑問についてわかりやすく解説しています。

1. はじめに

「公益通報者保護法」の改正法が令和4年6月に施行され、1年余りが経過しました。

本記事では、この法律やガイドラインにおいて規定されている公益通報の制度について、事業者が予め構築しておくべき体制や、通報があった場合にとるべき措置などの概要を解説いたします。

2. 制度の経緯

これまでも、日本の社会では、事業者が事業活動を営む中で発生した不祥事がしばしば社会問題となってきま
した。

そして、不祥事が判明したきっかけとして、その事業者の内部で働く職員などが行政機関や報道機関に対して通報したというケースも多くありました。

そこで、国は、「公益通報者保護法」を定めることで、事業者内部での一定の違法行為を、労働者や役員などが内部の通報窓口や外部のしかるべき機関に通報することを「公益通報」と定義づけ、通報者を保護するとともに、事業者に対しては公益通報に関する措置を義務付けました(なお、本記事の第4項と第5項で解説するこの公益通報に関する措置は、小規模な事業者にとっては負担が大きいことから、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者については努力義務にとどめられています)。

上記の「公益通報者保護法」は、平成18年4月に施行され、さらに実効性を高めるために令和4年6 月に改正法が施行されています。

3. 事業者自身にとってのメリット

事業主の方にとっては、事業の内部において公益通報の受付窓口などを整備することは、いわば内部での不祥事発生を想定した措置であり、あまり良い気分がしないかもしれません。

しかし、事業者が公益通報の体制を適切に整備して運用していくことは、コンプライアンスを推進することや、組織の自浄作用の向上に寄与するものです。

個々の従業員の意識の面でも、公益通報窓口の存在を意識することで、法令遵守の意識が高まることが期待できます。

また、事業者が外部のステークホルダーや国民からの信頼を得ることにもつながります。

このように、公益通報の体制整備は、社会だけでなく事業者自身にとっても益をもたらすものです。

4. 事業者が行うべき体制構築

事業者は、労働者や役員などからの公益通報に対応するため、あらかじめ次の体制構築を行っておく必要があります。

①「従事者」を定めること

②公益通報の受付窓口を設置すること

⑴ 従事者の定め

「従事者」とは、公益通報に対応する業務を行う人であり、かつ、公益通報者が誰であるかに関する事項を伝達される人のことをいいます。

従事者は、この事項について守秘義務を負います。

事業者は、この「従事者」を定めておく必要があります。

公益通報を誰が行ったかについての情報を有する人を限定することで、通報者に公益通報を安心して行わせるための制度です。

⑵ 公益通報受付窓口の設置

事業者は、公益通報を受け付ける窓口を設置し、部署と責任者を明確に定めておく必要があります。

また、この窓口は、組織の長や幹部に関係する事案については、その長や幹部からの独立性を確保することができなければなりません。

この、独立性を確保するための方法としては、例えば、社外取締役や監査機関にも報告を行う仕組みとする方法や、事業者外部に窓口を設置する方法があります。

事業者外部に窓口を設置する方法の例としては、法律事務所などに窓口を外部委託する方法、事業者団体や同業者組合で共通の窓口を設置する方法、または親会社に設置する方法などがあります。

5. 通報があった場合の措置

実際に公益通報を受けた場合、事業者は、次の措置をとる必要があります。

①調査及び是正の措置

②利益相反の排除に関する措置

③公益通報者に対する不利益な取扱いを防止するなどの措置

⑴ 調査及び是正の措置

公益通報があった場合は、通報を受けた事案について必要な調査を実施した上で、法令違反行為が明らかになったときは、速やかに是正に必要な措置をとる必要があります。

⑵ 利益相反の排除に関する措置

公益通報があった場合、その事案に関係する人を公益通報対応業務に関与させない措置をとる必要があります。

中立性と公平性を保つためです。

このような措置の具体例としては、⑴で記載した調査や是正措置を行う担当者が、その事案について利害関係を有していることが判明した場合に、その担当者を担当から外すことが挙げられます。

⑶ 公益通報者に対する不利益な取扱いを防止するなどの措置

公益通報者に対する不利益な取扱いは禁止されており、事業者としては、不利益な取扱いを防ぐための措置をとる必要があります。

かつ、もしも労働者または役員などによって、実際に公益通報者に対する不利益な取扱いがなされた場合、事業者は、公益通報者に対しては適切な救済・回復の措置をとるとともに、不利益な取扱いを行った人に対しては懲戒処分などの適切な措置をとる必要があります。

ここでいう「不利益な取扱い」は、例えば次のようなものが挙げられます。

・地位に関すること(解雇、退職強要、契約更新拒否など)
・人事上の取扱いに関すること(減給、給与査定における不利益な取扱いなど)
・精神上・生活上の取扱いに関すること(嫌がらせなど)

不利益な取扱いを防ぐための措置の例としては、労働者や役員などに対して公益通報に関する教育や周知を予め行っておくこと、不利益な取扱いに関する相談も公益通報受付窓口において受け付けること、被通報者に対して注意喚起をすることなどが挙げられます。

6. 結語

以上、公益通報者保護法が定めている公益通報の制度について、事業者があらかじめ構築しておくべき体制や、通報があった場合にとるべき措置などの概要を解説させていただきました。

本記事はあくまで概要であり、このほかにも、国の作成したガイドラインにおいては、例えば記録の作成及び保管や通報者への事後報告など、様々な措置が規定されています。

さらに詳しくお調べになりたい方は、消費者庁のウェブサイトなどで、「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」をご覧いただければ幸いです。

また、具体的な事柄に関してはご遠慮なく当事務所の弁護士にご相談ください。

◆参考文献
 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和 3 年内閣府告示第 118号)の解説」


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2023年12月5日号(vol.287)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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