賃金のデジタル払いの制度導入について(弁護士:今井慶貴)

この記事を執筆した弁護士
弁護士 今井 慶貴

今井 慶貴
(いまい やすたか)

一新総合法律事務所
副理事長/新潟事務所長/弁護士

出身地:新潟県新潟市
出身大学:早稲田大学法学部

新潟県弁護士会副会長(平成22年度)、新潟市包括外部監査人(令和2~4年度)を歴任。
主な取扱分野は、企業法務(労務、契約、会社法務、コンプライアンス、事業承継、M&A、債権回収など)、事業再生・倒産、自治体法務です。
現在、東京商工リサーチ新潟県版で「ズバッと法談」を連載中です。

制度導入の背景

賃金の支払方法については、労働基準法により、「通貨払い」が原則とされていますが、労働者の同意を得た場合には、銀行その他の金融機関の預金又は貯金の口座への振込みや、証券総合口座への払込みによることができることとされています。

近時、キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進む中で、資金移動業者の口座への資金移動を給与受取に活用するニーズも一定程度見られることから、使用者が、労働者の同意を得た場合に、一定の要件を満たすものとして厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座への資金移動による賃金支払(賃金のデジタル払い)ができることとなりました。

令和5年4月1日から、労働基準法施行規則の一部を改正する省令が施行され、本稿執筆時点(令和5年6月)では、資金移動業者からの指定申請の受付が開始され、審査をしているという段階です。

賃金のデジタル払いについての様々な疑問点

厚生労働省のウェブサイトで「よくあるご質問への回答」としてまとめられています。

その中から、適宜要約して紹介いたします。

Q 労働者は、必ず賃金のデジタル払いで受け取らなければならず、銀行口座等で受け取ることができなくなるのか?

No. 労働者が希望しない場合は賃金のデジタル払いを選択する必要はなく、これまでどおり銀行口座等で賃金を受け取ることができる。

賃金の一部を資金移動業者口座で受け取り、残りを銀行口座等で受け取ることも可能。

Q 労働者が賃金のデジタル払いを希望した場合、使用者は必ず応じなければならないのか?

No. 使用者に対しても導入を強制するものではない。

Q 賃金のデジタル払いを選択した場合、ポイントや仮想通貨などで賃金が支払われることがありうるのか?

No. 現金化できないポイントや仮想通貨での賃金支払は認められない。

Q 賃金のデジタル払いを開始するために、事業場で必要な手続きは?

事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合と、ない場合は労働者の過半数を代表する者と、賃金デジタル払いの対象となる労働者の範囲や取扱指定資金移動業者の範囲等を記載した「労使協定」を締結する。

賃金のデジタル払いを希望する個々の労働者は、留意事項等の説明を受け、制度を理解したうえで、「同意書」(厚労省のサイトにフォーマットあり)に賃金のデジタル払いで受け取る賃金額や、資金移動業者口座番号、代替口座情報等を記載して、使用者に提出する。

Q 賃金のデジタル払いを選択するために留意すべき事項とは?

労働者は、資金移動業者口座は「預金」をするためではなく、支払や送金に用いるためであることを理解のうえ、支払等に使う見込みの額を受け取るようにする。

その他の留意事項は、同意書の裏面に記載されている。

使用者は、労働者に対して賃金のデジタル払いを賃金受取方法として提示する際は、銀行口座か証券総合口座を選択肢としてあわせて提示しなければならない。

また、労働者に対して、同意書の裏面に記載された留意事項を説明する。

Q 万が一、指定資金移動業者が破綻した場合、アカウント残高は消えてしまうのか?

厚生労働大臣の指定する資金移動業者が破綻した場合には、賃金受取に用いる口座の残高が保証機関から速やかに弁済される。

具体的な弁済方法は、資金移動業者ごとに異なる。

おわりに

本稿執筆時点では、厚労省のサイトに「指定資金移動業者一覧」は掲載されておらず、制度の利用開始はこれからとなります。

気になる賃金のデジタル払いのメリットとしては、労働者には「キャッシュレス決済利用時の利便性向上」、会社には「銀行振込よりも手数料が安い可能性」「雇用機会の増加」などが、デメリットとしては、労働者には「希望の資金移動業者が使用できるとは限らない」「口座入金額の上限が100万円」、会社には「給与支払いに関する業務量や管理コストの増大」などが挙げられているようです。

今後、賃金のデジタル払いが広く普及することになるのか、注視してみたいところです。


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2023年8月5日号(vol.283)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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