改正プロバイダ責任制限法の概要(弁護士:中澤 亮一)

この記事を執筆した弁護士
弁護士 中澤 亮一

中澤 亮一
(なかざわ りょういち)

一新総合法律事務所 
弁護士

出身地:新潟県南魚沼郡湯沢町
出身大学:早稲田大学法科大学院修了
国立大学法人における研究倫理委員会委員、新潟県弁護士会学校へ行こう委員会副委員長などを務めている。
主な取扱分野は、離婚、金銭問題、相続。また、企業法務(労務・労働事件(企業側)、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)などにも精通しています。複数の企業でハラスメント研修、相続関連セミナーの外部講師を務めた実績があります。

2021年4月21日に、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(いわゆるプロバイダ責任制限法、以下「現行法」といいます。)の一部を改正する法律が参議院の全会一致で可決され、成立しました(以下、改正後の本法を「改正法」といいます)。

今回の改正は、2020 年 5 月 23 日にプロレスラーの木村花氏が死去したことをきっかけに議論が進んだともされており、報道でも連日取り上げられたことから記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。

今回は、改正法における変更点を、ポイントを絞ってご紹介します。

現行法の問題点

例えば匿名掲示板に誹謗中傷が書き込まれたというとき、現状では、現行法を根拠として発信者情報開示請求を行うことが可能であり、本コモンズ通心でも何度か特集されているところです。

しかし、現行法での手続にはいくつか問題点もありました。

⑴ 二段階の裁判手続

まず、現行法では、はじめにコンテンツプロバイダ(匿名掲示板や SNS 事業者など)に対して仮処分申立てなどを行い IP アドレスやタイムスタンプ等の開示を受け、その後それらの情報をもとにして今度はアクセスプロバイダ(携帯電話事業者など)に対して発信者情報開示訴訟を提起しなければならないという、いわば二段階の裁判手続が必要でした。

この二段階の手続は費用及び手間の両面から大きなハードルとなっています。

⑵ ログが消去される可能性

発信者情報の開示を受けるためには、アクセスプロバイダにアクセスログが残っていることが前提になりますが、このアクセスログは3か月から6か月で消去されてしまうのが一般的であり、この期間内に消去禁止の仮処分を行うなどの手続も別途必要となっていました。

⑶ 送達の問題

とくに SNS 事業者の多くは、日本ではなく海外を本拠地とする企業であり、詳細は割愛しますが、その場合は海外への送達が必要となり、送達の手続だけでも数か月を要していました。

⑷ ログイン型投稿

上記現行法の発信者情報開示請求は投稿時の通信記録が存在することを前提として制度設計されていますが、SNS の多くはそのような投稿時の通信記録が存在せず、ログインに関する情報や記録のみが存在するという仕組みになっており、この点も困難が生じていました。

改正法の概要

⑴ 新たな裁判手続の創設

改正法では、「発信者情報開示命令」という新たな制度が創設され、裁判所の非訟手続により発信者情報の開示が可能になりました(改正法 8条)。

この新制度では、現行法で問題となっていた二段階の訴訟手続について、一体化された一つの非訟手続で行うことができるようになりました。

概要は次の図の通りです。

申立人はまず、コンテンツプロバイダを相手方として IP アドレスの開示命令を裁判所へ申し立て(改正法 8 条)、これを本案として「提供命令」の申立ても同時に行います(改正法 15 条 1 項)。
この提供命令が認められるとアクセスプロバイダについての情報も提供されるため、請求者が自分で調べる必要がなくなりました。

続けて、提供されたアクセスプロバイダに対して、住所氏名の開示命令を裁判所へ申し立てるとともに(改正法 8 条)、これを本案とする「消去禁止命令」の申立てをします(改正法 16 条)。

これが上記消去禁止の仮処分に相当するもので、手続が一体化されました。

また、この新制度では、裁判所は相手方に申立書の写しを「送付」すればよく、送達の必要はないとされています(改正法 11 条 1 項)。

なお、従前の仮処分手続においては担保金を提供する必要もあり、少なくとも 10 万円は要求されていましたのでこの点も負担になっていましたが、新制度では担保金の提供は不要になりました。

この新制度によって開示までの期間が短縮されるとともに、複数必要だった訴訟手続が一本化され、負担軽減につながると思われます。

もっとも、従前どおりの二段階の訴訟手続もこれまで通り利用できるので、双方の使い分けや並行した手続の進行も今後研究されていくと思います。

⑵ ログイン型投稿への対応

主に法律上の要件の問題ですが、改正法はログイン型投稿にも対応するために新たに侵害関連通信という概念が追加される(改正法5条3項)など、措置が講じられています。

本稿では詳細は割愛します。

⑶ 電話番号の開示

改正法とは直接の関係はないのですが、改正法の成立に先立って 2020 年 8 月 31 日に省令が改正され、コンテンツプロバイダに対する開示対象に電話番号が追加されました。

電話番号が開示されれば、その番号をもとに弁護士法 23 条の 2 による照会(いわゆる弁護士会照会)をすることで発信者の特定ができる余地があり(特定できない場合もあります)、迅速な特定が可能となります。

もっとも、そもそも電話番号を把握しているコンテンツプロバイダ自体が少ないことなど、問題点もあります。

⑷ 施行時期

改正法の施行時期は公布日(本年 4 月 28 日)から 1 年 6 か月以内とされており、現状では具体的な施行日は不明ですが、今回の改正で発信者情報開示請求の問題点が解消されることを期待します。


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2021年11月5日号(vol.262)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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