2019.1.18

ゴーン氏勾留延長の法律的な根拠を徹底解説!(弁護士:山岸泰洋)

 

世界的に著名なカリスマ経営者が、ビジネスジェットで羽田空港に降り立った途端、待ち構えていた捜査員に逮捕される―――。

かくして幕が切って落とされたカルロス・ゴーン氏の刑事事件に、この年末年始は目が離せない方も多かったのではないでしょうか。

特に世間の注目を集めたのは、身柄拘束をできる限り長く維持しようとする東京地検特捜部と、早期釈放を勝ち取ろうとする弁護団の熾烈な攻防戦です。

今回は、その攻防戦の中身を、少しだけ法律の規定を紐解きつつ、なるべくわかりやすく解説してみたいと思います。

1.そもそも刑事訴訟とは? 逮捕・勾留とは?

まずは基本です。

ある人(被疑者)について犯罪の嫌疑があると、警察・検察が捜査を行います。

その結果、検察官が処罰の必要性ありと判断した場合は、被疑者を起訴します(被疑者→被告人)。

裁判所は、起訴の対象とされた犯罪事実について、当該事実の存否や量刑等を審理し、有罪判決が確定すれば、被告人は刑罰を受けることになります。

これが一般的な刑事訴訟の流れです。

 

捜査の過程においては、原則として裁判官の令状に基づき、被疑者が逮捕・勾留される場合があります。

「逮捕」とは最大72時間の一時的な身柄拘束であり(刑事訴訟法199条)、「勾留」とはそれに続く最大20日間の身柄拘束です(同207条)。

これらは、被疑者の妨害を排除して円滑に捜査を進めることを制度趣旨とするものです。

このほか、起訴後に行われる数か月単位の勾留もあります(起訴後勾留/同60条)。

こちらの制度趣旨は、被告人の公判への出廷を確保することにあります。

起訴前に勾留されたまま起訴されると、自動的に起訴後勾留に移行します。

 

(ちなみに、似た言葉として「拘留」がありますが、これは刑事訴訟を経て有罪判決により科される刑罰の一種であり、刑事訴訟中の身柄拘束である勾留とは異なります。)

2.逮捕・勾留を繰り返されるゴーン氏

さて、以上をふまえてですが、今回ゴーン氏にかけられている嫌疑として現時点で明るみに出ているのは、以下の3つの事件です。

 

①有価証券報告書(2010~2014年度分)の虚偽記載(金融商品取引法197条)

②有価証券報告書(2015~2017年度分)の虚偽記載(金融商品取引法197条)

③特別背任(会社法960条)

 

では、なぜゴーン氏は何度も逮捕されたり勾留されたりしているのでしょうか。

これは、刑事訴訟法上、逮捕・勾留は【事件ごとに】行われるものとされているからです。

(何をもって「1つの事件」とみなすか実は難しい問題もあるのですが)一応、ゴーン氏については上記3つの事件について嫌疑がかけられているので、逮捕・勾留は3セットまで行う余地があるということになります。

他方、「1つの事件」について逮捕・勾留は【1回ずつ】しかできないというのが原則です。

この点、しばしばマスコミ等が「再逮捕」という言葉を用いますが、これは同じ事件ではなく別の事件についての逮捕を意味していることに注意を要します。

 

以上をふまえ、ゴーン氏の逮捕・勾留に関する時系列を事件ごとに見てみましょう。

 

事件① 事件② 事件③
11/19 逮捕
11/21 勾留(~11/30)
12/1 勾留延長(~12/10)
12/10 起訴 12/10 逮捕
《以下、起訴後勾留》 12/11 勾留(~12/20)
12/20 勾留延長却下(準抗告も棄却)
12/21 逮捕
12/23 勾留(~1/1)
1/2 勾留延長(~1/11)
1/8 勾留理由開示
1/11 起訴 1/11 起訴
《以下、起訴後勾留》
1/15 保釈請求却下 1/15 保釈請求却下

 

上の表の着色部分が逮捕又は勾留により身柄拘束を受けていた期間です。

ちなみに、起訴後勾留は数か月単位の長期間に及ぶ一方で(刑事訴訟法60条)、「保釈」により暫定的に身柄拘束が解かれる可能性が開けます(同88条)。

このため着色を薄くしてみました。

 

こうしてみると、色の濃い期間が数珠つなぎのようになっていることがわかります。

つまり、東京地検特捜部としては、捜査を完了するまでの間はゴーン氏の身柄拘束を継続することができるよう、事件①~③につきリレー方式で逮捕・勾留を繰り返してきたわけです。

他方、弁護団としては、このようなリレーを阻止することにより、ゴーン氏の早期釈放を目指すことになります。

結果として、「数珠のつなぎ目」が両者の攻防のヤマ場となりました。

3.第一のヤマ場

第一のヤマ場は12月10日です。

事件①について、同日、延長後の勾留満期が到来したため、東京地検特捜部はゴーン氏を起訴しました。

そうすると、前記のとおり、ゴーン氏の身柄拘束については起訴後勾留に移行し、保釈の可能性が生じることになります。

これに対し、東京地検特捜部は、同日、今度は事件②についてゴーン氏を逮捕し、さらに勾留することにより、身柄拘束を長期化させたのです。

事件①と事件②は時期が異なるものの同種の内容であり、あえて分割して取り扱うことには疑問の余地もあることから、このような捜査手法は国内外で批判の対象となりました。

4.第二のヤマ場

第二のヤマ場は12月20日です。

事件②について、同日、勾留満期が到来することから、東京地検特捜部は東京地裁に勾留の延長を請求しました。

勾留期間は当初10日であり、さらに10日を上限に延長することができます(刑事訴訟法208条)。

ところが、東京地裁はこの勾留延長請求を却下し、これに対する検察官の準抗告(不服申立て)も棄却したのです。

起訴前の勾留について東京地検特捜部の請求が斥けられるのは異例のことで、大きな反響を呼びました。

東京地裁としても、事件①と事件②は同種の内容であることから、事件①について捜査を完了し起訴までした状況で、事件②について勾留を延長するまでの必要性は認められないと判断したものと思われます。

東京地検特捜部の捜査手法に対する国内外の批判を意識したとも指摘されているところです。

 

しかし、東京地検特捜部も引き下がりません。

そのままであれば、身柄拘束については事件①の起訴後勾留のみが残るため、ゴーン氏の保釈にも道が開かれ、流れは弁護団にあるかのようでしたが、翌12月21日、東京地検特捜部はすかさず事件③についてゴーン氏を逮捕しました。

もっとも、事件③の特別背任は、当初より検察にとっての「本丸」と指摘されていた罪名であり、この段階で切り札を使うのは想定外だったのではないかとの指摘もなされているところです。

5.第三のヤマ場

第三のヤマ場は1月8日です。

事件③について、弁護団は東京地裁に勾留理由開示請求を行いました。

勾留理由開示とは、公開の法廷において、裁判官が被告人に対し勾留の理由を告げ、それに対して被疑者・弁護人らが意見を述べることができる手続です(刑事訴訟法82条以下)。

この手続において、ゴーン氏が自身の無実を雄弁に語ったことは、皆さんの記憶にも新しいかと思います。

 

ゴーン氏と弁護団の狙いについてはさまざま取り沙汰されていますが、一つには、事件③について同月11日の勾留満期に起訴され、起訴後勾留に移行することを見越して、保釈請求に向けた布石としてゴーン氏の無実を東京地裁と社会にアピールする意図があったものと思われます。

6.今後の展開は?

その後、同月11日、事件③は事件②とともに起訴され、起訴後勾留に移行したことを受けて、弁護団は保釈請求を行ったものの、同月15日に却下されました。

3つの事件について捜査が完了して起訴が出揃った段階であるので、保釈の可能性も取り沙汰されていましたが、東京地裁はこれを斥ける判断をしたことになります。

 

今後も弁護団が保釈を請求することは可能ですが、ある程度時間が経過し、刑事手続が進行してからになると思われます。ゴーン氏の身柄拘束は長期化の様相を呈しており、関係各方面への影響が注目されます。