2021.6.15
新型コロナによる契約不履行について(弁護士:薄田真司)
[参考事例]
X 社は自動車メーカーであり、下請企業の Y 社から自動車製品の部品を継続して仕入れています。
しかし、昨今の新型コロナウイルスの流行により、Y 社の従業員にも複数の感染者が出ました。
Y 社では、新型コロナウイルス感染防止の必要性に関する社内への周知、ソーシャルディスタンスの確保、アルコール消毒等の感染防止措置が不十分な状態であり、社内で感染が拡大した可能性が高いと見られています。
Y 社は、工場の稼働が追い付かず、X 社への部品の供給が遅延しました。
これにより、X 社は顧客に対する納車時期に遅れることとなり、顧客から契約を解除される等して、数百万円の損害を被りました。
X 社は、Y 社に、上記損害を賠償請求しました。
Y 社は賠償請求に応じなければならないのでしょうか。
Y 社は X 社との間で、次の取引基本契約書を作成していました。
【取引基本契約書】(2018年作成)
|
まず、取引基本契約書の内容を確認しましょう
損害賠償については取引基本契約書(以下省略して「本件契約書」といいます。)第2項に規定があります。
Y 社は、X 社に「故意又は過失により」損害を与えたといえる場合に賠償義務を負います。
このため、Y 社に「故意又は過失」があったといえるかが問題です。
また、第 1 項には「不可抗力により製品の納品に重大な支障が生じた場合には、協議の上、本契約の全部又は一部を変更」「することができる。」との規定があります。
このため、Y 社の部品供給の遅延が「不可抗力」によるものといえれば、X 社は納品期限の延長の協議に応じざるを得ないため、Y 社が賠償義務を負わない可能性があります。
「故意又は過失」がないことによる免責とは
⑴「故意」及び「過失」とは何でしょうか。
「故意」とは、相手方に損害が生じることを認識したうえで、敢えて契約違反を行うことをいいます。
また、「過失」とは、相手方に損害が生じることは認識していなかったものの、損害発生の回避措置(=法的には「注意義務」と呼んでいます。)を怠ってしまった結果、図らずも契約違反を行うことをいいます。
簡単に言えば、前者は「わざと」契約違反をしたこと、後者は「うっかりと」契約違反をしたことを問題とするわけです。
⑵ Y 社に故意又は過失が認められますか。
Y 社は、X 社に損害を与えてやろうと考えて、敢えて部品供給を遅らせたわけではなく、Y 社に「故意」はありません。
では、「過失」の有無はどうでしょうか。
Y社が部品供給を遅延してしまった経緯は次のとおりです。
Y 社は新型コロナウイルスの感染防止措置が不十分な職場環境のままとしていました。
この職場環境によって従業員の感染リスクを増大させ、最終的に部品供給を遅延させたとして、「過失」が認められる可能性が高いです。
不可抗力とは
⑴ 不可抗力とは何ですか。
不可抗力とは、一般に、契約での合意内容の外部から生じ、かつ、契約当事者が防止のために相当の注意をしても防止することができない事情等を意味するといわれています。
典型例として、地震・洪水・落雷等の予見不可能な天災のほか、戦争等が挙げられます。
もっとも、「不可抗力」にあたるかどうかは、個別の事案ごとに具体的に判断される点が重要です。
⑵ Y 社の部品供給の遅延は不可抗力によるものといえますか。
確かに、近時の新型コロナウイルスの流行は、契約時点の当事者が合意していた事情から外れた想定外のものであることは明らかでしょう。
もっとも、Y 社が感染防止措置の不十分な職場環境のままとしていたことからすると、Y 社が従業員の感染を防止し得なかったとまではいえません。
このため、Y 社による部品の供給遅延という本件事案に限っていえば、「新型コロナウイルスの流行」は「不可抗力」に該当しない、という結論になりそうです。
よって、Y 社は、本件契約書第1項を根拠とした納品期限の延長を申し入れることはできません。
Y社へのアドバイス
今後、賠償責任を問われないための予防措置として、厚生労働省の「職場における新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するためのチェックリスト」を参考にして、感染防止体制を万全にしましょう。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2021年4月5日号(vol.255)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。