2021.7.26
東京2020に考える「共に生きる社会」(弁護士:角家 理佳)
開幕直前の混乱
東京オリンピック2020が開幕しました。
新型コロナウイルス感染拡大による延期等、紆余曲折を経ての開幕ですが、中でも、開会式の関係者が障がいのある人に対する過去のいじめにより、開幕直前に辞任したことは衝撃でした。
多様性と調和
東京大会の基本コンセプトの1つに、「多様性と調和」があります。
東京都のオリンピック・パラリンピック事務局のHP(https://olympics.com/tokyo-2020/ja/games/games-vision/)には、
人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治、障がいの有無など、あらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合うことで社会は進歩。
東京2020大会を、世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会とする。
とあります。
開会式関係者が、過去に障がいのある同級生に苛烈ないじめをしていたという事実は、大会コンセプトといかにも不整合でした。
障がいのある人の人権の歴史
戦前の日本では、障がいのある人は、経済的救貧あるいは取締りの対象で、戦後も、保護、福祉、治療や慈悲の「客体」として扱われ、長らく「主体」としては認識されてきませんでした。
1980年代に至り、ようやく徐々に障がいのある人に対する法整備や施策が進んでいきました。
2006年に国連が障害者権利条約を採択しました。
この条約の制定過程で障がい当事者から発せられたスローガン、「Nothing about us、Without us. (私たちのことを、私たち抜きで決めないで)」は、障がいのある人々の人権の歴史を物語るもので、当事者の心の叫びでもありました。
日本はこの条約の批准(2014年)に向けた国内法整備の一環として、2013年に障害者差別解消法を制定しました。
この法律では、障がいは、その人の体や心にある「機能の障害」のみによるのではなく、社会に作られているバリア(障壁)との相互作用により生まれる社会的不利と考えています。
これを「障害の社会モデル」の考えと言います。
この考えによれば、社会にあるバリアを取り除くのは、社会の責任ということになります。
障がい者差別の禁止
障害者差別解消法では、障がいのある人に対する①不当な差別的取扱い(正当な理由がないのに、障がいを理由として、商品・サービスや各種機会の提供を拒否すること、提供に当たって場所・時間帯などを制限すること、障がいのない人に対しては付さない条件を付けること等)と②合理的配慮の不提供(負担になりすぎない範囲で、社会的障壁を取り除く変更や調整をしないこと)を、差別として禁止しています。
このうち②は、これまで事業者に対しては努力義務とされてきましたが、今年5月に改正されて法的義務となりました。
改正法は、3年以内に施行されます。
なお、弊所新潟事務所のある新潟市は、条例(平成28年4月制定)でもともと事業者に対しても法的義務とされています。
建設的な対話による相互理解
東京2020が推進しようとする共生社会とは、「障がいのある人もない人も、男性も女性も、高齢の人も若い人も、全ての人がお互いの人権や尊厳を大切にして支え合い、誰もが生き生きとした人生を送ることができる社会」です。
その実現には、互いの違いを否定するのではなく、違いを尊重し、対話によりお互いに理解を深めることが必要です。
事業者の皆さんが障がいのある人に合理的配慮を提供するに際しても、その人が求めていることを正しく理解するためには、よく話を聞き、何ができるかを考えることが重要です。
共生社会の実現に向けて
障がいのある人は、長らく人権の享有主体として認識されず、差別、虐待、隔離、好奇の目で見られる等の不当な扱いを受けてきました。
しかし、そうした過ちに、今こそ終止符を打つ時です。
東京2020を機会に、誰にとっても安心で暮らしやすい社会のために、自分にできることは何かを考えてみたいものです。