2020.2.5

育児休業取得を理由として定期昇給をしないことは適法か?~大阪地裁 平成 31年 4月24日判決~

事案の概要

Y法人の概要

被告となったY法人は、A大学等の学校を設置・運営する学校法人である。

 

紛争に至る経緯

原告Xは、平成24年4月よりY法人に正職員として雇用され、A大学の講師となった。

採用時のXの本俸(賃金等級)は、3級12号であった。

 

その後、Xの本俸は、毎年1号俸ずつ昇給し、平成27年4月には、3級15号となった。

 

Xは、平成27年11月1日から平成28年7月31日まで(約9か月間)、育児休業をしたが、後記の給与規程12条2項及び育児休業規程8条を適用されたため、平成28年4月の定期昇給が実施されなかった。

 

平成29年4月及び平成30年4月の定期昇給は実施され、それぞれ1号俸ずつ昇給した。

 

就業規則等の定

【給与規程】

第6条(本俸の決定)

本俸は、学歴、年齢、資格、職歴、経験年数、職務等を勘案して決定して別に定める「本俸表」により決定する。

第12条(昇給)

1 昇給は、通常毎年4月1日に行う。

2 昇給の資格のある者は、当年4月1日現在在職者で、原則として前年度12か月勤務したものとする。

第13条(特別昇給)

次の該当する職員については、詮議の上、昇給期間を短縮して昇給させることができる。

(1)~(6)略

第15条(休職期間)

休職期間は、昇給のための必要な期間に算入しない。

 

 

【育児休業規程】

第8条

休業の期間は、昇給のための必要な期間に算入しない。

昇給は原則として、復職後12か月勤務した直近の4月に実施する。

 

 

 

 

Xの請求内容

Xは、育児休業を取得したことを理由に平成28年度に昇給させなかったことが、育児介護休業法10条〔1に違反し違法であるとして、民法709条に基づき、本来であれば支払われるべき給与及び賞与と現実の支給額との差額の支払いを求めた。

 

 

裁判所の判断

育児休業期間を出勤期間に算入しないことは適法か

裁判所は、Y法人の育児休業規程8条が、育児休業期間を昇給のための必要な期間に算入しないと定めていることについて、最高裁平成15年12月4日判決を引用した上で、「育児休業期間を一般に出勤として取り扱うべきことまでも使用者に義務付けるものではない。

(中略)育児休業した労働者について、当該不就労期間を出勤として取り扱うかどうかは、原則として労使間の合意に委ねられているというべきである 」と 判 断 し た 。

 

つまり、社内の就業規則に育児休業期間を昇給のための必要な期間に算入しないと定めること自体は適法であるとの判断を示したものである。

 

昇給しなかったことは適法か

裁判所は、以下の点を理由として、本件において昇給を認めなかったことを違法と判断した。

 

 

 

・Y法人における定期昇給は、いわゆる年功序列的な昇給制度であった

・Y法人における定期昇給は、職務能力を反映しているとは認められない

・仮に職務能力を反映していたとしても対象期間(12か月)のうち、一部(9か月)しか休業していない者について、全く昇給を認めないことは合理的とはいえない

 

 

結論

裁判所は、Y法人に対し、Y法人が平成28年度に昇給させなかったことを違法と判断し、本来昇給していた場合に認められたはずの賃金及び賞与と現実の金額との差額の支払いを命じた。

 

 

本 件 のポイント

育児介護休業法10条は、育児休業の取得を理由として不利益取扱いをすることを禁止しています。

この規定の意味は、誤解を恐れずにいうと、育児休業の取得「のみを理由として」解雇や昇給停止等の不利益取扱いをしてはならないということです。

 

 

 

本件では、Y法人の定期昇給制度は、年功序列的に運用されていたものであったため、育児休業法10条に違反すると判断されたものです。

 

裏を返せば、仮に、Y法人側が、定期昇給しなかった理由を人事評価の結果などに基づいて合理的に説明できていれば、違法と判断されなかった可能性もあったといえます。

 

 

 

また、本件では、裁判所は、対象期間の12か月のうち9か月しか休んでいないのに全く昇給を認めなかったことを問題視していますので、比例的に昇給額を減額していたに過ぎない場合には、適法と判断された余地があったといえるでしょう。

 

いずれにしても、育児介護休業法10条についての判断基準については、裁判例の数が多くないところなので、今後の裁判例の展開・蓄積が待たれるところです。

 


※注釈※

〔1〕育児介護休業法10条「事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」

 

<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2019年11月5日号(vol.238)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

 

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この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

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