2025.11.5
黙示の職種限定合意が成立していたとして配転命令が違法とされた事例~大阪高裁令和7年1月23日判決(労働判例1326号5頁)~

事案の概要
当事者
被告( Y 法人)は、地域福祉の推進等を目的とし、福祉用具センター等を運営する社会福祉法人である。
原告(X)は、平成13年からY法人が運営する福祉用具センターにおいて福祉用具の製作・改造等に関する技術職として従事していた者である。
配転に至る経緯
Y 法人は、平成2 3 年ころから福祉用具の製作・改造の実施件数が減少していたことを理由として、福祉用具センターにおける福祉用具の製造・改造を廃止する方針を決定した。
平成3 1 年3月2 5日、Y 法人から人事異動の内示が発表され、Xは、18年間勤務してきた福祉用具センターの技術職から、同年4月1日付けで総務課施設管理担当への配転が命じられた(本件配転命令)。
本件配転命令の発令当時、総務担当者が病気になり急遽退職し、総務課が欠員状態となったことから、総務課の職員を補填する必要があった。
Xによる請求内容
Xは、Y社に対し、Xの職種限定合意に反してXの同意なく行われた本件配転命令は違法であると主張し、慰謝料の支払いを求めて提訴したものである。
本件の争点
本件の争点は、主に①本件配転命令は違法か(職種限定合意が成立していたか)、②慰謝料の金額、の2点である。
裁判所の判断
争点①について
裁判所は、労働者と使用者との間に職種限定合意が成立している場合には、労働者の同意を得ることなく、配転命令を行うことは違法であると判断した。
その上で、XとY社との間には、書面による明示的な職種限定合意が存在したわけではないが、以下の理由を考慮して、黙示の職種限定合意が成立していたと判断し、結論として、本件配転命令は違法と判断した。
●Xは技術系の資格を多く有しており、溶接ができることを見込まれて福祉用具センターに配置された
●Xは、採用後、福祉用具センターにおいて福祉用具の製作・改造等に関する技術職として、18年間勤務を続けていた
●Y法人において、福祉用具センターの業務を外部に委託することは想定されておらず、Xは18年間福祉用具センターにおいて溶接のできる唯一の技術者であった
争点②について
裁判所は、Y法人が、Xに対して、長年従事していた技術職の業務を廃止する旨の説明をしていなかったこと及び他の職種へ変更することの同意を得るための働きかけをするなどの対応をとっていなかったことを考慮して、本件配転命令によってXが被った精神的損害(慰謝料)の額は、80万円であると認定した。
本件のポイント
本件は、最高裁令和6年4月26日判決により大阪高裁に差し戻されたことから、大阪高裁において再度審理された判決です(差戻審)。
最高裁は、労働者と使用者との間に、職種限定合意がある場合には、使用者は、労働者の個別同意なしに配転する権限を有しないと判断したものであり、本件もこの判決を前提として判断されました。
本件では、書面による明示的な職種限定合意はありませんでしたが、関連する事実関係が細かく認定され、総合的な判断として黙示的な職務限定合意が成立していたと判断された点が特徴的です。
また、福祉用具センターにおける福祉用具の製造・改造を廃止することがやむを得ない状況であり、技術職としての職がなくなったXの解雇を回避するために配転命令をしたという側面もありますが、そのような場合であっても、事前の説明や同意を得るための働き方を怠った場合には慰謝料が発生すると判断された点にも注意が必要です。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2025年9月5日号(vol.307)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
関連する記事はこちら
- 黙示の職種限定合意が成立していたとして配転命令が違法とされた事例~大阪高裁令和7年1月23日判決(労働判例1326号5頁)~
- 求人票と異なる内容の労働契約(契約期間の定め)が有効でないとされた事例~大津地裁令和6年12月20日判決(労働判例1329号36頁)~
- 私傷病休職後の自然退職扱いが適法とされた事例~東京地裁令和5年4月10日判決(労働判例1324号37頁)~
- 大幅な赤字を理由とした定期昇給の停止が適法とされた事例~東京高裁令和6年4月25日判決(労働判例1323号32頁)~
- 年休取得予定日の前日に時季変更権を行使したことが違法とされた事例~札幌高裁令和6年9月13日判決(労働判例1323号14頁)~
- 事業者が外国人労働者のパスポートを返還しなかったことが違法とされた事例~横浜地裁令和6年4月25日判決(労働判例1319号104頁)~
- 解雇前の休職期間について賃金全額の支払義務はないとされた事例~東京地裁令和3年5月28日判決(労働判例1316号96頁)~
- 飲食店における非混雑時間帯の労働時間該当性~東京地方裁判所令和3年3月4日判決(労働判例1314号99頁)~
- 海外渡航目的の年次有給休暇に対する時季変更権の行使を適法とした事例~札幌地裁令和5年12月22日判決(労働判例1311号26頁)~
- 懲戒解雇と退職金請求の可否~東京地方裁判所令和5年12月19日判決(労働判例1311号46頁)~(弁護士 薄田 真司)





法律相談予約








