2025.7.22

年休取得予定日の前日に時季変更権を行使したことが違法とされた事例~札幌高裁令和6年9月13日判決(労働判例1323号14頁)~

判例解説
この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

一審被告・被控訴人(Y社)は、札幌市内でホテルを運営する株式会社である。

一審原告・控訴人(X)は、Y社において、宿泊部部長として勤務していたものである。

年次有給休暇の申請(Xによる時季指定権の行使)に至る経緯

令和元年10月、Xは、Y社に対し、娘の結婚式に出席するため、3月18日から3月25日までの期間に年次有給休暇を取得することにつき、事前に了承を得ていた。

令和2 年2月2 5日、Xは、Y 社に対し、上記の年次有給休暇を取得することを申請した(時季指定権の行使)。

年次有給休暇の不許可(Y社による時季変更権の行使)に至る経緯

令和2年3月17日午前9時30分頃、Y社社長が、Xに対し「本当に結婚式やるのか。」と尋ねた。

Xが「結婚式以外はホテルでおとなしくしているので、何とか行かせてください。」と懇願したところ、Y社社長は、「少し時間がほしい」と返答した。

同日午前10時頃、Y社社長は、常務等を集め、社長室においてXのハワイへの渡航について協議をし、全員一致で、X のハワイへの渡航を認めないという決断をした。

その後、同日、10時30分頃、Y社社長は、社長室にXを呼び、正式に、Xによる上記期間の年次有給休暇を不許可とした(時季変更権の行使)。

これにより、Xは、上記結婚式に出席することができなかった。

Xによる請求内容

Xは、Y 社に対し、娘の結婚式に出席できないという取り返しのつかない事態となったことにより甚大な精神的苦痛を被ったとして、慰謝料等330万円の支払いを求めて提訴した。

本件の争点

主な争点は、本件時季変更権の行使の適法性である。

具体的には、

❶「事業の正常な運営を妨げる場合」(労働基準法39条5項)に該当するか否か
❷Xが年休取得予定日の前日にY社が時季変更権の行使をしたことは権利濫用に当たるか


という点である。

裁判所の判断

争点❶について

札幌地裁は、以下の事情を考慮し、「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たると判断した。

札幌高裁も争点❶については、札幌地裁と同様の結論であった。

  • ● 令和2年2月28日に北海道知事が独自の緊急事態宣言を発表し、3月11日にWHOが「パンデミック」を表明した
  • ● 当時は、人生における重要なイベントであっても自粛することが必要であると社会的に受け止められる状況にあった
  • ● 同年3月のY社の売り上げは、前年比85%減であり危機的状況であった
  • ● 仮にXが新型コロナウイルスに感染した場合には、ホテルを運営するY 社の社会的責務として、当該感染の事実等が大々的に報道されていたと考えられ、Y 社に対する社会的評価が低下し、事業の継続に影響しかねない状況であった

争点❷について

札幌高裁は、使用者による時季変更権は、時季変更による労働者の被る不利益を最小限にとどめるため、時季指定の時点で予測できなかった事業の正常な運営を妨げる事由が後に発生した場合にも、その事由発生後遅滞なく行使されるべきであり、不当に遅延した時季変更権の行使は、権利の濫用により違法であると解されると一般論を判示した。

その上で、本件では、Y社は、2月28日に北海道知事が独自の緊急事態宣言を発表し、その後3月13日までの間に、職員感染による北海道大学の入学試験の後期日程の中止、看護師感染による近隣病院の外来休診・入院受入れ中止、従業員感染によるイオンモールでの閉店時間繰り上げ・全店消毒作業実施等の事情を把握していたことからすれば、2月末から遅くとも3月14日までには時季変更権を行使することが可能であったと認定した。

札幌高裁は、札幌地裁の判断を覆し、年休取得予定日の前日である3月17日に時季変更権を行使したことは権利濫用に当たると判断した。

本件のポイント

労働者からの年次有給休暇の時季指定に対して、使用者が時季変更権を行使するためには、「事業の正常な運営を妨げる場合」という例外的な事情が必要となりますが、時季変更権の行使が可能という点について、地裁と高裁の結論は一致しました。

しかしながら、年休取得予定日の前日に時季変更権の行使をしたことが遅すぎたのかどうかという点については、地裁と高裁の判断が分かれ、高裁は背景となる事実経過を詳細に認定し、前日に時季変更権を行使することは遅すぎるとして、権利濫用(=違法)と判断したものです。

パンデミックのような特異な状況下においては、企業は難しい判断を要求されることになります。B C Pを策定しておくなど日頃からの準備が重要でしょう。


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2025年5月5日号(vol.303)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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