2025.6.17
事業者が外国人労働者のパスポートを返還しなかったことが違法とされた事例~横浜地裁令和6年4月25日判決(労働判例1319号104頁)~

事案の概要
当事者
被告(Y)は、入国管理局(在留資格・ビザ)に関する手続き代行等を業とする行政書士である。
原告(X)は、フィリピン人女性であり、Yに雇用されていた者である。
XとYの契約内容
Xは、平成2 9 年4月に留学生の在留資格(留学ビザ)で来日した。
Xは、150時間の日本語の授業を履修し、2年間日本語学校に通学し卒業しているが、日本語能力検定試験は不合格であった。
平成31年3月、Xは、Yに対し、在留資格を「技術・人文知識・国際業務」(技人国ビザ)に変更する手続きを行う委任契約を締結した。
この委任契約において、着手金は10万円(契約時に支払い)、残金は40万円(変更時に支払い)とされていたが、「Yの判断によりXがビザ変更時から1年間、Yの事業で継続勤務し、勤務態度良好だとYが判断した場合は、支払いを免除(値引き)する。」との取り決めがされていた。
令和元年5月8日、XとYは、時給1000円、業務内容をタガログ語等の通訳・翻訳・営業・広報等、行政書士補助等、雇用期間を1年間として、アルバイトパート社員労働契約を締結した。
これに伴い、Xは、Yが作成した「パスポートの管理に関する契約書」に署名押印した(本件パスポート管理契約)。
本件パスポート管理契約では、パスポートの管理方法及びパスポートの保管期限はYが決定すると定められており、Xがパスポートを使用する際はYが定めた申請書を提出し、Yの許可を得なればならないとされ、パスポートはYの許可がなければ返還しないとされていた。
Xの退職とパスポートの返還
令和元年7月10日以降、Xは、Yの事務所に出勤せず、労働組合総合サポートユニオンに所属している者(A)を通じて、Yに対し、退職の意思表示をした。
Xは、Aを通じてパスポートの返還を求めたが、Yはこれに応じなかった。
その後、Xは、フィリピン大使館において、2万6000円の費用をかけてパスポートの再発行手続を行った。
パスポートは、提訴後の第3回口頭弁論期日において返還された。
訴訟の内容
Xは、Yに対し、Yがパスポートの管理をしたことが不法行為( 民法7 0 9 条)に当たるとして合計2 1 0 万6 0 0 0 円( 慰謝料1 0 0 万円、パスポート等の返還を受けられず再就職できなかったことの逸失利益108万円、パスポート再取得費用2 万6 0 0 0円)の支払いを求めて提訴したものである。
本件の争点
本件の主な争点は、本件パスポート管理契約が不法行為に該当するかという点である。
裁判所の判断
事業者が労働者のパスポートを管理することは許されるか
裁判所は、一般論として、パスポートを管理する場合、返還に条件を付したり、保管者の裁量に基づく許可制にしたりすることなどは、外国人の移動の自由を制限するものとして、公序良俗に反し許されないとした。
本件パスポート管理契約について
裁判所は、本件パスポート管理契約について、パスポートの管理方法及びパスポートの保管期限はYが決定すると定められており、Xがパスポートを使用する際はYが定めた申請書を提出し、Yの許可を得なればならないとされ、パスポートはYの許可がなければ返還しないとしている点について、公序良俗に反するというほかないとした。
その上で、遅くとも令和元年7月19日にXがYの事務所に来訪した際に返還することができたと認定し、返還を拒んだことが不法行為に当たると判断した。
損害額について
裁判所は、パスポート再発行費用2万6000円、慰謝料20万円の合計22万6000円をYが賠償すべき損害として認定した。
パスポート等の返還が受けられず再就職ができなかったことの逸失利益は認められないと判断した。
本件のポイント
厚生労働省が定める「外国人労働者の雇用管理の改善などに関して事業者が適切に対処するための指針」によれば、「事業主は、外国人労働者の旅券、在留カード等を保管しないようにすること」として、保管自体を禁止しているように読めます。
裁判所は、この指針が事業者に法的義務を課すものではないことを前提として、本件パスポート管理契約に基づいてYがXのパスポートを保管したこと自体について違法としませんでしたが、Xから返還請求があり返還することが可能であったにもかかわらず、返還しなかったことを違法と判断したものです。
この裁判例を前提とすれば、紛失防止の観点から事業者が労働者の同意を得てパスポートを保管し、返還の際に条件を付したり、許可制とすることは違法と評価されることになりますので、注意が必要です。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2025年4月5日号(vol.302)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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