2025.10.3
私傷病休職後の自然退職扱いが適法とされた事例~東京地裁令和5年4月10日判決(労働判例1324号37頁)~

事案の概要
当事者
被告(Y社)は、労働者派遣事業、電気通信設備等の開発、保守、販売等を目的とする株式会社である。
原告(X)は、Y社の営業部に所属して派遣先等への営業等に従事していた者である。
Xが休職に至った経緯
平成30年6月17日、バイクで走行中に乗用車に衝突されるという交通事故にあい、頚椎捻挫、両肩関節捻挫等の傷害を負った。
その後、事故による体調不良により欠勤していたところ、不眠、吐き気、めまい等を訴え、同年8月13日に、パニック障害等と診断され、9月1日には、同日から半年ほどの休職を要すると診断された。
これを受け、X及びY社は、同年9月1日から休職として取り扱うことに合意した。
休職後の診断経過
Xは、休職後も精神不調により通院を続けていたところ、平成31年2月12日、医師から「双極性感情障害」により、同日から半年の休職を要する旨の診断を受けた。
自然退職に至る経緯
令和2年1月19日、Xは、Y社に対し、職場に復帰したい旨連絡したところ、Y社は、Xに対し、復職可能である旨の主治医作成の診断書と意見書を提出すること及び復職の当否を判断するため産業医と面談してもらう必要があることを通知した。
同年2月21日、Xは、「双極性感情障害の症状の改善を認めるため、令和2年3月1日より復職可能と判断できるが、最初の1か月は午前中のみ勤務とし、労務軽減した形での復職が望ましい」旨が記載されていた。
同年2月27日、3月17日に産業医面談が実施された。
産業医からは、「本人曰く生活のリズムは安定してきているとのことだが、会話の中で食い違いが散見された。引き続き経過の観察を要する。」との意見が述べられた。
同年3月27日、Y社は、営業部長という休職までの職務内容に鑑みた場合、現時点において「休職前に行っていた通常の職務を遂行できる程度に回復」したとは言い難い状態にあることから、「休職期間が満了しても休職事由が消滅しないとき」に該当するとして、延長後の休職期間が満了する3月31日付けをもって退職とする旨通知した(本件退職措置)。
Xによる請求内容
Xは、Y社に対し、本件退職措置は違法であると主張し、労働者としての地位確認及び未払賃金の支払いを求めて提訴した。
本件の争点
主な争点は、令和2年3月時点で①Xが就業規則56条3項に規定する「休職前に行っていた通常の業務を遂行できる程度に回復」に該当するか、②Xが営業部担当部長以外の他業務でY社に復職することは可能であったかという点である。
裁判所の判断
争点❶について
裁判所は、以下の理由を示し、令和2年3月末日の時点において、Xが休職前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復していたとは認められないと判断した。
● 令和2年3月当時薬効の強い薬剤が多種類投与されていた
● 休職に入ってから1年6カ月余りの間、ほとんど外出しないまま自宅療養を続け、その間、復職に向けた生活リズムの改善や外出訓練はなされていなかった
● 産業医との復職面談当日に姿を見せず、面談が延期されるということがあった
● 産業医が提出を求めていた生活リズム表が提出されなかった
● Xが休職前に配属されていた部署は、専門知識を活かして高度技術を要する派遣先を担当する部門であり、顧客や派遣社員との複雑な対人対応等を求められるものであった
争点❷について
裁判所は、一般論として、労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合において、休職前の職務を行うことができないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性がある他の業務について労務提供することができ、その労務提供を申し出ているならば、他の業務で復職させなければならない旨判断した。
本件では、裁判所は、以下のような事情を考慮して、XがY社において営業部担当部長以外の復職可能な業務はなかったと判断した。
● Y社には672人の従業員がいたがその多くは派遣先へ派遣されている者であり、Y社の本来業務に従事している者は54人程度であった
● Y社にはXの症状を有する状態のまま就労可能な業務量の少ない部署が現に存在したという証拠はない
結論
裁判所は、Xの請求を棄却した。
本件のポイント
本件では、休職期間満了時において復職可能かという点が問題となりました。
裁判所は、①外出訓練の程度、②生活リズムの改善状況、③約束に対する対応等に着目して、派遣先営業の職に服するには不十分と評価しましたが、この点に事例判断としての特徴があり、実務上も参考になるといえるでしょう。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2025年7月5日号(vol.305)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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