2024.12.10
懲戒解雇と退職金請求の可否~東京地方裁判所令和5年12月19日判決(労働判例1311号46頁)~(弁護士 薄田 真司)
事案の概要
当事者
Y社は、鉄道事業等を業とする株式会社である。
Xは、平成7年4月、Y社に雇用され、主に車両検査業務に従事し、令和4年当時はA車両所の車両検査主任として勤務していたが、令和4年7月7日、懲戒解雇され、退職金の全部を不支給とされた者である。
Y社の就業規則の内容
Y社の就業規則第78条は、「社員は、退職に際して、別に定める退職金支給規則によって、退職金を支給される」と定め、退職金支給規則第12条では、「懲戒解雇により退職する者、または在職中懲戒解雇に該当する行為があって、処分決定以前に退職する者には、原則として、退職一時金は支給しない」と定めている。
また、懲戒規程第5条は、「懲戒は、次の6種とし、2種以上併せて行うことができる。⑴けん責 ⑵ 減給 ⑶ 出勤停止 ⑷ 降格 ⑸ 諭旨解雇 ⑹懲戒解雇(予告期間を設けることなく、即日解雇し、退職金を支給しない。この場合、行政官庁の認定を得たときは予告手当を支給しない。)※⑴ないし⑸の定義に関する記載内容は省略」と定め、また、同第7条は、「従業員で、次の各号の1に該当するときは、降格、諭旨解雇または懲戒解雇に処する。ただし、情状により、出勤停止に止めることができる。⑴~⑷省略、⑸業務の内外を問わず、犯罪行為を行ったとき、⑹ないし⑽省略」と定めている。
Xによる覚せい剤の所持・使用及び刑事裁判の経過
Xは、平成29年ころから、密売サイトを通じて覚せい剤を購入し、1ヶ月に4回、休前日である金曜日や土曜日に吸引して使用するようになった。
Xは、令和4年6月4日に覚せい剤取締法違反の嫌疑で逮捕された後起訴され、刑事裁判では罪を全て認め、同年9月28日、懲役2年執行猶予3年の有罪判決を受けた。
Xの退職願の不受理と懲戒解雇
Xは、令和4年6月29日、一身上の都合により、同年7月13日をもって退職する旨の退職届を提出したが、Y社は受理しなかった。
Y社は、令和4年7月7日、本件犯罪行為を理由にXを懲戒解雇した。
仮にXが令和4 年7月に自己都合退職した場合に支給された退職金の額
未支給額は下記⑴及び⑶の合計1070万5189円
⑴ 退職一時金 267万5022円
⑵ 確定拠出年金拠出不能金 5000円(※支給済)
⑶ 確定給付企業年金 802万5167円
⑷ 確定拠出年金 205万3571円(※支給済)
⑸ 前払退職金 13万円(※支給済)
※⑵、⑷、⑸が支給済みとなっている理由は不明
(判決文に記載なし)。
訴訟の内容
Xは、Y社に対し、退職金1070万5189円を請求した。
なお、Xは、懲戒解雇の効力は争っていない。
本件の争点
Xの退職金請求権の有無、具体的には、本件犯罪行為がXの永年勤続の功労を抹消又は減殺するほどの重大な不信行為と言えるか否か。
裁判所の判断
次の理由からXの請求を棄却した。
まず、裁判所は、Y社では従業員の資格及び役割に応じて1年を単位に月割りで付与される退職金付与ポイントを基礎として退職一時金、確定給付企業年金等の額が定められる仕組となっており、退職金は賃金の後払的性格を有しており、こうした退職金の性格に鑑みれば、退職金支給規則等に基づき退職金を不支給とすることができるのは、従業員のそれまでの勤続の労を抹消してしまうほどの不信行為があった場合に限られることを指摘した。
そのうえで、裁判所は、本件犯罪行為は、覚せい剤取締法により、10年以下の懲役に処すべきものとされる相当重い犯罪類型に該当すること、約5年にわたる使用歴を有するXの覚せい剤への依存性、親和性は看過し得ない水準にあったこと、この間XはA車両所の車両検査主任の立場にあり、首都圏の公共交通網の一翼を担うY社の安全運行を支える極めて重要な業務を現業職として直接担当していたこと、Y社が延べ758名の従業員に延べ211時間10分もの時間をかけて再発防止のための教育措置をとったことは相当であり、この社内的影響に加え、Y社は監督官庁に本件を報告しており、限られた範囲ではあるが外部的な影響も生じていることを指摘した。
また、裁判所は、Xは本件犯罪行為以外に課長訓戒以外の処分歴や犯罪歴はないものの、27年間勤務を続けていたという以上に特に考慮すべき功労を認めるに足りる証拠は見当たらないこと、Xに確定拠出年金等合計218万8571円が支給済みであること等を指摘した。
以上から、裁判所は、本件犯罪行為は、Xの永年勤続の功労を抹消するほどの不信行為というほかなく、退職金の全部不支給は相当であるとした。
本件のポイント
一般に、退職金は、就業規則等により支給条件が明確に定められている場合、賃金に該当します。
もっとも、功労報償的性格も併せ持っていることから、懲戒解雇等の一定の事由がある場合に退職金を減額又は不支給とする旨を就業規則等に定めることができ、従業員のそれまでの功労を失わせるほどの重大な不信行為があった場合には、退職金の全額を不支給とすることも適法であるとされています。
企業側としては、まずは、退職金に関する規程を整えることが必要です。
問題は「それまでの功労を失わせるほどの重大な不信行為」とは何かですが、本件では、主に犯罪の重大性、犯罪行為と業務との関係の程度、犯罪行為による社内外への影響の程度、従業員のそれまでの功労の程度等に着目して判断されています。
退職金の全額不支給を適法であると具体的に判断した一事例として参考となるものと思われます。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2024年10月5日号(vol.297)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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