2025.6.3
解雇前の休職期間について賃金全額の支払義務はないとされた事例~東京地裁令和3年5月28日判決(労働判例1316号96頁)~

事案の概要
当事者
被告(Y社)は、産業用・住宅用太陽光発電システムの販売・施工等を業とする株式会社である。
原告(X)は、Y社において、平成26年6月より正社員として従事していた者である。
休職命令に至る経緯
平成26年6月、Xは、Y社との間で、給与月額45万8333円とする雇用契約を締結した(Xが競業避止義務を負うことが明確に定められていた)。
平成27年11月、Xは、Y社の商品の売買・仲介によって利益を上げる目的で、Y社と同じ目的である「産業用・住宅用太陽光発電システムの販売・施工等」を業とする会社(A社)を設立した。
その後、Xは、社外の者と共謀して、顧客が売買金額に合意しているにもかかわらず、Y社に対して低額でしか売れない旨を報告して、低額での販売を決裁させ、A社を無理やり介在させることにより、差額をX自らの利益とするということを継続して行い、Y社に損害を与えていた(本件競業行為)。
休職命令の発令
平成30年9月4日、Y社は、XがA社を設立したことが発覚し、Xが本件行為を行っている疑いが生じたことから、事実関係を調査するため、Xに対し、自宅待機命令を発令した(本件休職命令)。
平成30年10月15日、Y社は、Xに対し、解雇通知をした。
平成30年12月20日、Y社は、労働基準監督署から、休職期間中につき労働基準法26条に基づく休業手当の未払いの指摘を受けたことから、Xに対し、休業手当として、24万0770円(平均賃金1万5434円×60%×26日)を支払った。
訴訟の内容
Xは、Y社に対し、Y社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によって休職しているため、給与全額を支払うべきとして、未払給与等の支払いを求めて提訴したものである。
本件の争点
本件の主な争点は、本件休職命令による休職期間中につき、休業手当(6割)のみではなく、給与全額を支払う必要があるか否かという点である。
法的には、本件休職命令による休職が、Y社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものか否かという点が問題となる。
裁判所の判断
裁判所は、前記した事実関係の下では、Y社が、解雇が妥当であるか否かを調査するために、Xに対して本件休職命令を発令したことは合理的というべきであり、本件休職命令による休職は、Y社の「責めに帰すべき事由」によるものではないと判断した。
結論として、休業手当ではなく給与全額を支払うべきとするXの主張を認めなかったものである。
本件のポイント
本件のポイント
民法536条2項によれば、「 債権者の責に帰すべき事由」(ここにいう「債権者」は「使用者」のこと)によって休職する場合には、使用者は、給与支払いを拒むことができないとされます。
判例上、民法536条2項の「責めに帰すべき事由」は、故意、過失及び信義則上それと同視すべき事情をいうとされています。
つまり、使用者側に、休職命令を発令する合理的な理由がないのに、そのことを承知で(故意)、または合理的理由に関し調査不十分にもかかわらず、不注意によって休職命令を発令した場合には、「責めに帰すべき事由」ありとされ、休職期間中の全額請求が認められることになります。
本件では、本件休職命令の発令段階では、本件競業行為については「疑い」があるにすぎなかったものの、Xが、Y社と同じ目的を業とする会社を設立していたことが重視されたことにより、本件休職命令が合理的と判断されたものと考えられます。
民法536条2項と労働基準法26条の違いは?

労働基準法26条は、「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合には、使用者は、休業期間中の労働者に対して、平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければならないとしています。
判例上、労働基準法26条の「使用者の責めに帰すべき事由」には、使用者の故意・過失に加えて、会社側に起因する経営・管理上の障害を含むが不可抗力は含まないと解されています。
なお、本件では、Y社が、休業手当を支払うことについて、訴訟上で争わなかったため、争点とされていませんが、本件のように解雇すべきか否かの調査のために休職命令を発令する場合には、休業手当の支払いをすべきかどうかの検討も必要になりますので注意が必要です。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2025年3月5日号(vol.301)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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