2025.12.15

職歴詐称による内定取消しが適法であるとされた事例~東京高裁令和6年12月17日判決(労働判例1333号58頁)~

事案の概要

当事者

被告・被控訴人(Y社)は、コンサルティング等を主たる事業とする株式会社である。

原告・控訴人(X)は、Y社から採用内定を得て雇用契約書を取り交わしたが、内定を取り消された者である。

採用内定に至る経緯

令和4年初め頃、Xは、転職エージェント経由で、Y社の中途採用の求人にエントリーし、履歴書及び職務経歴書を提出した。


履歴書及び職務経歴書に記載されていた職歴は、後記の表に記載のとおりである。


Y社は、Xと一次面接及び二次面接を実施した後、令和4年5月30日、Xに対し、雇用条件が記載されたオファーレター及び雇用契約書を送付したことにより採用内定通知を行い、Xはこれに承諾した(本件採用内定)。


雇用契約書には、「会社による標準的な経歴調査に全面的に協力し、当該経歴調査を問題なく完了させない場合には、本雇用を終了させることがある」旨の条項が含まれており、Xはこれに同意した。

内定取り消しに至る経緯

Y社は、本件採用内定後、調査会社に依頼して、Xに対する経歴調査を実施した。

その結果、Xが、令和3年6月から同年11月までF社に雇用されていたこと、及び令和4年3月の1か月間G社に雇用されていたこと、令和3年12月から令和4年12月までの間に空白期間があること等が確認された。


その後、Y社からの聞き取りにより、F社との間で紛争となっており代理人弁護士に依頼の上解決したこと、令和3年12月からの空白期間は就労していなかったが、F社により支払われた解決金で生活していたこと、F社からコミュニケーション不足を理由として有期雇用を雇止めされていたこと、G社とも契約形態についてトラブルになっており、代理人弁護士を通じて交渉中であること、及び平成30年4月から令和2年6月までI社に雇用されていたことことが判明した。


Y社は、社内で検討した結果、個人事業主か否か、元雇用先の社名、空白期間の有無等について敢えて事実と異なる申告をしたことは悪質な経歴詐称であると判断し、令和4年8月31日、原告に対し、オファー撤回通知書を送付した(本件採用内定取消し)。


判決で認定された記載内容は、下記の表のとおりである(B社との契約が雇用契約であったことは、訴訟手続き中に判明)。

履歴書職務経歴書調査等によって判明
H23.4個人事業主記載なし個人事業主
H26.4~H30.4A社業務委託A社A社業務委託
H30.4~R2.6A社業務委託C社I社雇用
R2.6~R3.6B社業務委託D社B社雇用
R3.6~R3.11B社業務委託E社F社雇用
R3.12~R4.2B社業務委託空白期間
(職歴なし)
R4.3~R4.3B社業務委託G社雇用

Xによる請求内容

Xは、Y社に対し、本件採用内定取消しは違法であると主張し、令和4年5月分以降の未払賃金等の支払いを求めて提訴したものである。

本件の争点

本件の争点は、本件採用内定取消しの有効性である。

裁判所の判断

裁判所は、一般論として、経歴調査により、単に履歴書等の書類に虚偽の事実記載や真実の隠匿が判明したのみならず、その結果、労働力の資質、能力を客観的合理的に見て誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすおそれがあるものとされたとき、または企業の運営に当たり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内にとどめおくことができないほどの不正義性が認められる場合に限り、内定取消しが有効となると判断した。


そして、裁判所は、本件では、職歴は労働者の職務能力や適格性を判断するための重要な事項であり、とりわけ、F社及びG社の職歴を履歴書等に記載すれば、前職場との間で過去に紛争が生じたことが明らかとなる可能性があり、自己の採用に不利益に働くと考えたからこそ、真実を申告しなかったと推認され、Xの背信性は高い等と認定し、結論として、本件採用内定取消しは有効であると判断した(Xは、この判決を不服として控訴したが、控訴審も同様の判断をした)。

本件のポイント

本件は、採用内定と同時に経歴調査の実施に協力することを内定者に同意させることを前提として、内定後の経歴調査によって判明した職歴の虚偽申告等を理由とした採用内定取消しが有効と判断された事例です。


採用内定取消しの有効性についての事例判断として参考になるほか、内定後の経歴調査を行う場合の条項の定め方についても、実務上参考になると思われます。


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2025年10月5日号(vol.308)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

       

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