2018.8.7
日本ボクシング連盟とパワハラ問題(弁護士:五十嵐亮)
日本ボクシング連盟の会長によるパワハラがメディアで話題になっています。
今回は、一般企業の社内でパワハラが生じた場合に、企業にどのような法的責任が生じるのかを解説したいと思います。
パワハラとは?
パワハラの定義について、法律の規定はありませんが、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓ワーキング・グループ報告書」によると、職場のパワハラとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をいうとされています。
そして、同報告書によれば、パワハラは、以下の6つの行為類型に分類されます。
①身体的な攻撃 暴行・傷害
②精神的な攻撃 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
③人間関係からの切り離し 隔離・仲間外し・無視
④過大な要求 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの 強制、仕事の妨害
⑤過小な要求 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
⑥個の侵害 私的なことに過度に立ち入ること
業務上の指導とパワハラとの境界はあいまいになる場合も少なくありません。
この点について、明らかに業務とは無関係の発言(例えば、「殺すぞ」、「給料泥棒」、「頭おかしいんじゃないの」、「病気なんじゃないの」など)であれば、パワハラと認定されると思われます。
他方、「何でできないんだ」、「そんなこともわからないのか」、「何度も同じことを言わせるな」といった一見業務とは関係ありそうな発言であっても、大声で発言したり、しつこく何度も発言したり、他の従業員がいる前でことさらに発言したりというような場合には、パワハラと認定される場合もあります。
パワハラに関する情勢は?
平成30年3月30日に厚生労働省が発表した「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」によれば、国が設置している総合労働相談コーナーへの相談についてパワハラの相談は年々増加しており、平成24年度以降全ての相談の中で相談件数がトップとなっています。
パワハラの類型としては、「精神的な攻撃」に関するものが最も多く、次いで「人間関係からの切り離し」に関するものが多いとされています。
そしてパワハラ相談をした者のうち35%以上の者について、うつ病や適応障害などのメンタル不調が認められたとのことです。
職場内でパワハラが生じた場合の企業の責任は?
上司が部下に対してパワハラと認定されるような発言をした結果、部下がうつ病等の精神的な病気にかかってしまった場合、労災と認定される場合があります。
そして、会社には、労働者が生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をする義務(安全配慮義務)がありますので(労働契約法5条)、安全配慮義務違反と認定された場合には、パワハラを受けてうつ病にかかってしまった被害者に対して、慰謝料等の損害賠償金を支払う義務が生じる場合もあります。
仙台高等裁判所平成26年6月27日判決
【事案の概要】
毎日業務日誌を提出させ、その都度「工程を書け!」、「内容の意味がわからない」などと叱責し、叱責の頻度は少なくとも1週間に2,3回程度であったが、ミスが重なれば、1日に2,3回に及ぶこともあった。
怒鳴ることもしばしばあり、「何でできないんだ」、「何度も同じことを言わせるな。」、「そんなこともわからないのか。」、「同じミスをすればクビだ」などと他の従業員もいる前で大声で、かつ強い口調で叱責した結果、被害者がうつ病にかかりその後自殺したという事案。
【裁判所の判断】
会社の安全配慮義務違反を認定し、遺族に対し約3400万円の支払を命じた。
企業に求められる対応策は?
裁判例のようにパワハラによって被害者が自死するまではいかなくとも、職場内でパワハラが生じることによって、被害者のみならず企業全体の生産性の低下、就労意欲の低下及び良質な人材の流出等の悪影響が生じることが考えられます。
前述の「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」によれ、企業は、次の6つの対策をとることが望ましいとされています。
〇トップメッセージを示す
〇就業規則等の関係規定・社内ガイドラインを設ける
〇従業員アンケートを実施して企業内の実態を把握する
〇ハラスメント研修を実施するなど企業内で教育を行う
〇企業の方針や取り組みについて周知する
〇相談や解決の窓口を設置する
以上のようにパワハラをはじめとするハラスメント対策は、企業を守るために必要な対策といえます。
とりわけ、企業のトップが率先して、明確なハラスメント禁止のメッセージを発信することが重要です。