新型コロナウイルス感染症という見えないリスクを抱えながら 〜柏崎刈羽原発は3重のリスクに備えられるか〜(弁護士:和田光弘)

1 新型コロナウイルス感染症の再拡大〜ウイルスというリスク

 

東京は、再度感染者数が数日前から200人を超える事態が続き、急遽、政府の目玉政策「GO TO キャンペーン」からも外されるというニュースが流れています。

 

緊急事態宣言が解除されてからは、経済を回復させる流れを作り出したい政府としては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、かなり厄介なリスクです。

元々は中国武漢から始まったとされ、重症性急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)による感染症ですが、どうも症状が出る前段階で人から人へと伝染してしまい、気道分泌物である咳やくしゃみ、鼻水からの飛沫でも感染するため、「ソーシャルディスタンシング」として2メートルを確保しようと推奨されています。

 

ウイルスは、目には見えません。

その極小のウイルスで汚染されると、汚染された物質(ドアノブ、エレベーターボタン、手摺り、つり革など)に触れてしまったまま、目や鼻や口に触ると感染しますから、「手洗い」が必要です。

さらに、「三密」を避けるために、人混みを避け、「換気」をこまめにしようとも呼びかけられています。

 

いったん体調が悪化したら、すぐに検査を受け、「隔離」が必要です。

 

私たちの職場でも、2週間の待機という約束にしています。

 

これだけ、目に見えないウイルスというリスクにさらされているわけです。

 

2 目に見えないリスクとしての放射能

私たちの住んでいる新潟県には、東京電力が有する柏崎刈羽原発(略してKK原発という。)が稼働しています。

新潟県柏崎市と刈羽村にまたがる原発で、1985年に1号機が営業運転を始め計7基あり、6号機は96年、7号機は97年に稼働を始めましたが、ご承知のように、東北太平洋沖地震によって発生した福島第一原発事故後、現在まで稼働していません。

原子炉は福島第一原発と同じ沸騰水型炉(BWR)で、総出力は計821万2千キロワットあり、一つの発電所としては世界最大級です。

 

このKK原発には、大量の放射性物質が内蔵されています。

 

この放射性物質が発する放射線は、やはり、目には見えません。

匂いもしません。

新型コロナウイルスとその点で同じです。

 

KK原発は、もともと東京電力が最大の電力消費地東京のために電力を確保するために、この新潟県柏崎市と刈羽村に敷地を求めて建設したものです。

安全なら東京近辺でも良かったはずですが、そこはソーシャルディスタンスを取ったということでしょうか。

 

この原発も、元々は目に見えないリスクから距離を取るために設置されました。

福島第一原発事故前は、「立地審査指針」という国が定めた基準があり、どんなに重大な事故が起きた時でも、原発の敷地境界で人間が被曝する限界としては「250ミリシーベルト」以下になるようにとか、「100ミリシーベルト」になるように運用するとか、色々ありました。

一般の公衆には放射線障害を与えない、社会に放射線災害を与えないとか、遺伝に影響が出るような集団線量を低くするとか、国は言っていたわけです。

 

ところが、全部、福島第一原発事故で吹っ飛びました。

 

今では、新しくできた原子力規制委員会では、この「立地審査指針」をパスしています。

つまり指針に入れなかったのです。

正直に言えば、入れられなかったというところかと思います。

 

それだけ、東北太平洋沖地震で、すべての基準が当てにならないことが分かったからです。

 

20万人を超える人々の避難、経済産業省が計算しても22兆円を超える見込みの事故対応費用(他のシンクタンクが計算したところでは81兆円とも言われています。)、100年はかかる放射能汚染の減衰、という具合に、とても経済原理に釣り合わない「原発」の危険性は、これだけは「目に見えてはっきりしたもの」となったのです。

 

3 目に見えない自然の脅威

これだけ、原発が事故を起こせば、大変なリスクを引き起こす代物であることをはっきりさせたのは、やはり、目に見えないリスクである「自然の脅威」、つまり「地震」でした。

 

実は、KK原発は、2007年7月16日に、マグニチュード6.8の新潟県中越沖地震に見舞われました。

 

まさに、原発の敷地を大きく揺さぶりました。

 

本当は、KK原発1号機の申請時点では、最大でも300ガルの強さの揺れを見込めば十分で、それ以上はないけれど、理論上検討する最大の地震動は450ガルとして設置の許可が出ました。

 

ところが、この中越沖地震は、海底を震源として起きた地震ですが、なんと原発の敷地で最大で680ガルというとんでもない揺れが起きたのです。

 

普通は、この地震が起きたことで、間違って設置の許可を出したということで、稼働させないこと、つまり設置許可を取り消すのが正しかったと思いますが、国はそうはしませんでした。

 

そして、福島第一原発事故が起きてしまったわけです。

 

4 新潟県には3つの目に見えないリスクが重なっている

 

新型コロナウイルス、大量の放射性物質の存在、地震の脅威と、新潟県には3つの目には見えないリスクが重なっています。

 

これは、新潟県に限らず、事故の規模によっては、日本全国の問題です。

 

危険なリスクから、距離を取ることができるでしょうか。

 

2メートルは取れます。

しかし、5キロメートルとか、30キロメートルとか、80キロメートルはどうでしょうか。

しかも、地震の脅威は、日本全国至る所であります。

 

もし、今、KK原発を稼働させて、放射性物質を放出する事故を想定するとしたら、新型コロナウイルス感染症対策をとりつつ、避難計画を実行できるでしょうか。

 

地元の新潟日報が、7月15日版で「原発事故 新たな課題」と題して、「広域避難に感染リスク」という特集記事を組んでいました。

 

KK原発の事故時に、半径5キロの住民2万人(!)は30キロメートル圏外で避難先を確保するので、糸魚川市や妙高市、村上市が受入準備をすることになります。

半径5キロから30キロの住民42万人(!!)は上記の自治体のほか、湯沢町が加わってきます。

 

新型コロナウイルス感染症を考慮して、避難をする場合、熊本水害の実情から明らかなように、数千人の規模の避難はほぼ不可能に近いと言えます。

現在の想定している避難施設の3倍の施設規模が必要となります。

まして、受入自治体で、感染症が蔓延する事態となると、受入そのものが検討されることになりかねません。

 

地震と放射能から逃げてきたときに、ウイルスが潜んでいたのでは、元も子もないでしょう。

5 原発は稼働させない

この新型コロナウイルス感染症が新しいワクチンなどの開発で、抑制できない限り、原発は稼働させられない、というのが私の意見です。

それが、もっとも単純にして、有効な対策です。

 

しかし、もっと言えば、原発は、KK原発も含めて、地震国日本で稼働させれば、そのときの情勢如何で、極めて多くの人の命を奪いかねない施設です。

これだけは、目に見える危険施設としてはっきりしているのです。

 

経済活動を行う上でも、感染症が極めて厄介なリスクであることは、緊急事態宣言のもとで、誰もが実感したことですし、福島第一原発事故でどれだけの人々が莫大な損害を被ったかは、改めていうまでもありません。

 

電力会社は、原発から上手に方向転換をすることを真剣に考えるべきでしょう。

 

この記事を執筆した弁護士
弁護士 和田 光弘

和田 光弘
(わだ みつひろ)

一新総合法律事務所
理事長/弁護士

出身地:新潟県燕市
出身大学:早稲田大学法学部(国際公法専攻)

日本弁護士連合会副会長(平成29年度)をはじめ、新潟県弁護士会会長などを歴任。

主な取扱い分野は、企業法務全般(労務・労働事件(企業側)、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)。そのほか、不動産問題、相続など幅広い分野に精通しています。
事務所全体で300社以上の企業との顧問契約があり、企業のリスク管理の一環として数多くの企業でハラスメント研修の講師を務めた実績があります。