2020.11.16
退職勧奨の実施方法と注意点(弁護士:五十嵐亮)
□退職勧奨とは?
コロナ禍において、企業再建の手段の一つとして、雇用調整を行わなければならない場合があると思います。
雇用調整の手段としては、①希望退職者募集、②退職勧奨、③整理解雇(リストラ)等が考えられます。
整理解雇は、訴訟・紛争リスクが高いため最終手段として位置づけられます。
他方、希望退職者募集や退職勧奨は、解雇ではなく、合意による退職なので、解雇に比して訴訟・紛争リスクが低いため、整理解雇の前に実施されることになります。
希望退職者募集と退職勧奨の違いは、前者は、従業員を特定することなく広く退職を募集するものであるのに対し、後者は、企業側が従業員を選定して勧奨する点にあります。
そのような性質から、退職勧奨は、人事評価や成績が低い従業員を選定して実施されることが多いといえます。
□退職勧奨の方法
退職勧奨は、文字取り、企業が従業員に対して、「退職」を「勧奨」するものです。
企業側としては、「退職してほしい」という動機・目的をもって実施してるため、その目的を達成するために、強引な説得をしてしまいがちです。
退職勧奨はあくまでも「勧奨」するだけであり、勧奨に応じるかどうか意思決定を行うのは従業員本人であるため、退職勧奨そのものに対する法律上の規制はありません。
もっとも、過度な勧奨行為により、従業員の自由な意思決定を阻害する事情がある場合には、従業員による退職の意思表示が取消し・無効となってしまう場合がありますので、注意が必要です。
この点について、東京地裁平成23年12月28日判決は、「労働者が自発的な退職意思を形成するために社会通念上相当と認められる程度を超えて、当該労働者に対して不当な心理的威迫を加えたりその名誉感情を不当に害する言辞を用いたりする退職勧奨は不法行為となる」と判断しており、裁判においては一定の判断基準となっています。
□従業員が退職を拒否しても退職勧奨を継続してよいか?
裁判例で問題となるケースの一つとして、従業員が退職を拒否する意思を明確にしているにもかかわらず、企業側が執拗に退職勧奨を行うというケースがあります。
従業員が一貫して退職勧奨に応じない旨を表明しているにもかかわらず、約2カ月の間に11回、1回につき約20分~約2時間の退職勧奨を行ったという事案で、退職勧奨が違法とされ慰謝料が認められた裁判例があります。
□誤った事情を伝えて退職勧奨を行ってもよいか?
よくあるケースが、「退職に応じないのであれば解雇になる」と伝えて退職に応じされようとするものです。
客観的にみれば解雇するほどの合理的理由・社会的相当性がないにもかかわらず、解雇が相当であるかのように伝えて退職に応じた場合に、退職の意思表示が錯誤により無効と判断した裁判例もありますので注意が必要です。
事実上も法律上も誤ったことを伝えて退職勧奨を行う場合には、退職の意思表示が無効とされてしまう場合があることに注意が必要です。
企業側として退職に応じないのであれば解雇を検討せざるを得ないような場合には、「なぜ解雇を検討せざるを得ないのか」という理由(解雇理由に該当する具体的事実)を具体的な根拠をもとに丁寧に説明した上で、従業員の理解を求めるように努めるべきでしょう。
□退職合意が成立した場合には書面の作成を
従業員が退職勧奨に応じてくれたと思っていても書面に残していない場合に、後で退職の合意の成立を争われることがあります(「辞めますなんて言ってない」、「無理やり言わされたので事実上は解雇だ」)。
このような紛争を防ぐために辞表を提出してもらうか、退職合意書を作成するかのいずれかをすることが必要でしょう。
このような書面を作成する場合には、退職勧奨を行ったその場で署名押印を求めると後で「無理やり署名押印をさせられた」と主張されるリスクがありますので、いったん書面を持ち帰ってもらい後日署名押印したものを持参してもらうことが望ましいといえます。
□退職勧奨を実施する場合には焦らず丁寧な対応を
以上のとおり、退職勧奨は解雇に比して法的リスクが低いとはいえ、企業側にとって無制限に実施できるわけではありません。
退職勧奨を実施しなければならない場面では、焦りが生じてしまう場合もあるかと思いますが、正確な情報・知識を前提に焦らず、丁寧な対応を心がけることが必要となります。
◆関連するコラムはこちらです◆
■記事の内容については、執筆当時の法令及び情報に基づく一般論であり、個別具体的な事情によっては、異なる結論になる可能性もございます。ご相談や法律的な判断については、個別に相談ください。
■当事務所は、本サイト上で提供している情報に関していかなる保証もするものではありません。本サイトの利用によって何らかの損害が発生した場合でも、当事務所は一切の責任を負いません。
■本サイト上に記載されている情報やURLは予告なしに変更、削除することがあります。情報の変更および削除によって何らかの損害が発生したとしても、当事務所は一切責任を負いません。
関連する記事はこちら
- 障害者雇用の職員に対する安全配慮義務違反が認められた事例~奈良地裁葛城支部令和4年7月15日判決(労働判例1305号47頁)~(弁護士 五十嵐 亮)
- 契約期間の記載のない求人と無期雇用契約の成否~東京高等裁判所令和5年3月23日判決 (労働判例1306号52頁)~(弁護士 薄田 真司)
- 非管理職への降格に伴う賃金減額が無効とされた事例~東京地裁令和5年6 月9日判決(労働判例1306 号42 頁)~(弁護士:五十嵐亮)
- 売上の10%を残業手当とする賃金規定の適法性~札幌地方裁判所令和5年3月31日判決(労働判例1302号5頁)~弁護士:薄田真司
- 扶養手当の廃止及び子ども手当等の新設が有効とされた事例~山口地裁令和5年5月24日判決(労働判例1293号5頁)~弁護士:五十嵐亮
- 死亡退職の場合に支給日在籍要件の適用を認めなかった事例~松山地方裁判所判決令和4年11月2日(労働判例1294号53頁)~弁護士:薄田真司
- 育休復帰後の配置転換が違法とされた事例~東京高裁令和5年4月27日判決(労働判例1292号40頁)~弁護士:五十嵐亮
- 業務上横領の証拠がない!証拠の集め方とその後の対応における注意点
- 海外での社外研修費用返還請求が認められた事例~東京地裁令和4年4月20日判決(労働判例1295号73頁)~弁護士:薄田真司
- 問題社員・モンスター社員を辞めさせる方法は?対処法と解雇の法的リスクについて