2020.11.9
正社員と契約社員に退職金の支給について差異を設けることは違法か~ 最高裁令和2年10月13日判決~(弁護士:五十嵐亮)
1 はじめに
令和2年10月13日に、正職員と非正規職員との間の待遇格差に関する2つの最高裁判決が出されました。
2つの最高裁判決というのは、大阪医科薬科大学の事件についての判決とメトロコマース事件についての判決で、双方ともに賞与・退職金の待遇格差が不合理かどうかという点が争点となっていました。
今回の記事では、特に退職金について問題となったメトロコマース事件の判決について、みていきたいと思います。
2 事実関係の概要
この裁判で原告となったのは、株式会社メトロコマース(以下「Y会社」といいます)と契約期間を1年間とした有期労働契約を締結し、契約の更新を繰り返しながら東京メトロの駅構内の売店における販売業務に従事していた契約社員です(以下「X」といいます)。
この裁判で、被告となったY会社は、東京地下鉄株式会社(東京メトロ)の完全子会社であって、東京メトロの駅構内における新聞、飲食料品、雑貨類等の物品販売、入場券の販売、鉄道運輸事業に係る業務の受託等の事業を行う会社です。
Y会社には、本社に経営管理部、総務部、リテール事業本部及びステーション事業本部を設けており、リテール事業本部は基幹事業として東京メトロ駅構内の売店を管轄しています。
Y会社が直営する売店は、56店舗ありました。
平成25年7月1日当時の従業員数は848名でした。
3 Y会社における正社員と契約社員の業務内容
最高裁が考慮した、Y法人における正社員と契約社員の業務内容等の差異は、以下の表のとおりです。
正社員 | X(契約社員) | |
退職金の差異 | Y会社退職金規程により、本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給 | なし |
業務内容の差異 | 契約社員の業務に加え、以下の業務
・休暇等で不在の販売員に代わって早番や遅番を行う代務業務(他店への応援) ・複数の売店を統括 ・売上向上のための指導 ・改善業務 ・売店の事故対応等のトラブル処理 ・エリアマネージャー業務 |
・売店の管理
・接客販売 ・商品の管理、準備、陳列 ・伝票帳簿類の取扱い ・売上金等の金銭取扱い ・その他付随する業務 |
職種変更・配置転換の有無 | 職種変更あり
配置転換・出向あり |
職種変更なし
配置転換・出向なし |
その他の事情 | 契約社員から正社員への登用制度あり
勤続1年以上の希望者全員に受験が認められていた |
4 最高裁の判断
最高裁は、労働契約法20条にいう「不合理」に該当するかどうかの判断に当たっては、当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものであるとの一般論を述べました(この点については、特に目新しい判断はありません)。
その上で、本件の退職金の差異については、主に以下の3点を理由として、不合理であるとまで評価できるものではないと判断しました。
①Y会社の退職金は、本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものであり労務の対価の後払い的性質等を有しており、正社員としての人材確保・定着を図る目的から正社員に退職金を支給していたものといえる
②契約社員は売店業務に専従していたものであり、正社員と契約社員の業務内容には一定の相違があり、契約社員には職種変更や配置転換等もなかった
③契約社員には正社員へ変更するための試験による登用制度が設けられていた
5 本件のポイント
本件では、退職金については、「本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するもの」であることを認定した上で、「労務の対価の後払い的性質」を有しているとし、「正社員としての人材確保やその定着を図る」目的から正社員に退職金を支給していたものといえることを指摘していますが、これは、将来的に企業の中枢を担うためにより責任のある立場への昇進を予定した正社員を継続的に雇用するために正社員に一定のインセンティブを与えることについての合理性を認めたものと評価できるでしょう。
その上で、最高裁は、大阪医科薬科大学事件判決と同様に、業務内容の差異について事実関係を上記の表のとおり細かく検討したうえで、業務の内容に一定の相違があったことは否定できないとしています。
企業においては、正社員と契約社員との業務内容・責任の差異について具体的に説明できるようにすると同時に、自社の人事制度の中での退職金制度の目的・位置付けを具体的に説明できる必要があります。
【関連コラム】
・正職員と非正規職員に賞与の支給について差異を設けることは違法か~最高裁令和2年10月13日判決~(大阪医科薬科大学事件)
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