正職員と非正規職員に賞与の支給について差異を設けることは違法か~最高裁令和2年10月13日判決~(弁護士:五十嵐亮)
1 はじめに
令和2年10月13日に、正職員と非正規職員との間の待遇格差に関する2つの最高裁判決が出されました。
2つの最高裁判決というのは、大阪医科薬科大学の事件についての判決とメトロコーマス事件についての判決で、双方ともに賞与及び退職金の待遇格差が不合理かどうかという点が争点となっていました。
今回の記事では、大阪医科薬科大学の判決について、みていきたいと思います。
2 事実関係の概要
この裁判で原告となったのは、大阪医科薬科大学と契約期間を1年間とした有期労働契約を締結し、1年ごとの契約を3回更新した後、退職した職員です(以下「X」といいます)。
この裁判で、被告となったのは、同大学附属病院を運営する学校法人大阪医科薬科大学です(以下「Y法人」といいます)。
Y法人の全職員数は、約2600名であり、このうち、事務系の職員は、正社員が約200名、契約社員が約40名、アルバイト職員が約150名、嘱託職員が10名弱でした。
3 Y法人における正職員とアルバイトの業務内容
最高裁が考慮した、Y法人における正規職員とアルバイトの業務内容等の差異は、以下の表のとおりです。
正職員 | X(アルバイト) | |
賞与の差異 | 年2回支給され、支給額は通年で基本給の4.6カ月分が一応の基準 |
なし |
業務内容の差異 | アルバイト従業員の業務に加え、以下の業務
・学内の英文学術誌の編集事務 ・病理解剖に関する遺族等への対応 ・部門間の連携を要する業務 ・毒劇物等の試薬の管理業務 |
・薬理学教室内の秘書業務(教授・教員のスケジュール管理、調整)
・電話や来客対応 ・研究発表の資料作成 ・教授が外出する際の随行 ・教室内における各種事務(郵便物の仕分け・発送、研究補助員の勤務表の作成、給与明細書の配布) ・教室の経理、出納の管理 ・備品管理、清掃やごみの処理 |
職種変更・配置転換の有無 | 就業規則上人事異動あり(平成25年1月から平成27年3月までの間に約30名の正社員が異動の対象となった) | 原則として、業務命令によって配置転換されることはなく、人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていた |
その他の事情 | アルバイト職員については、契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度あり |
4 最高裁の判断
最高裁は、労働契約法20条にいう「不合理」に該当するかどうかの判断に当たっては、当該使用者における賞与の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものであるとの一般論を述べました(この点については、特に目新しい判断はありません)。
その上で、本件の賞与の差違については、主に以下の3点を理由として、不合理であるとまで評価できるものではないと判断しました。
①Y法人の賞与は、6ヶ月分を一応の基準としており、業績に連動するものではなく、賃金の後払い等の趣旨も含まれること
②正社員の業務内容の難度の責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたこと
③アルバイト従業員には契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていたこと
5 本件のポイント
最高裁は、業務内容の差違について事実関係を上記の表のとおり細かく検討したうえで、業務の内容に一定の相違があったことは否定できないとしています。
企業においては、正規職員と非正規職員との業務内容・責任の差異について具体的に説明できるようにする必要があります。
また、最高裁は、Y法人の正職員について人事異動の可能性があることを考慮していますが、この点は、単に就業規則の規定のみを比較するのみならず、実際に、「平成25年1月から平成27年3月までの間に約30名の正社員が異動の対象となった」という具体的な運用面についてまで踏み込んで考慮している点に注意が必要です。
そして、従前の裁判例でも、正職員への登用制度があることを不合理ではないことの理由として位置付けていたものがありましたが、今回の最高裁も正職員の登用制度があったことを不合理ではないことの理由の一つとしており、注目されます。
【関連コラム】
・正社員と契約社員に退職金の支給について差異を設けることは違法か~ 最高裁令和2年10月13日判決~(メトロコマース事件)
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