パワハラを行った管理職に対する降格処分が有効とされた事例~東京地裁令和4年4月28日判決(労働判例1291号45頁)~弁護士:五十嵐亮

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

原告Xは、平成2年4月に入社し、執行役員、支店長、本部部長職を歴任した後、本部事務部長に就任した者である。

被告Y社は、預金・定期預金の受け入れ等を業とする信用金庫である。

パワハラの内容

Y社では、平成31年2月15日に、新しい勤怠管理システムの実装作業が予定されていた。

その前日の2月14日、実装作業の作業日程につき、総務部と事務部との間で認識の相違があったため、両部で打ち合わせを行った。

その際、総務部のAは、事務部のXの部下に対し、作業日程の策定に関して詰問するということがあった。

その後、Aは、システムログインに必要になる初期ID・パスワードを各部店ごとに作成し、エクセルファイルに表記した形で各部店の管理職に送信した。

Xは、Aが全部店分のID・パスワードを全部店に対して一斉送信して事実上の供覧状態にしてしまっていると思い込み、Aに対し、内線電話で以下のような発言を行った(本件発言)。

「あなたさ、重要なシステムのID、パスワードをメールで送ってるけどさ、何考えてるの。メールにペタペタ貼り付けて、CCに部長とGを入れて、勝手に送ってるけど何のつもり。自分のやってることわかってんのかよ。係長のくせにそんなこともわからないで、何勝手なことしてるんだよ。」

「外部から来てただでさえ周りから受け入れられていないのに、勝手なことしてさあ。あなたが勝手なことしてるって皆言ってるぜ。」

「ついでだから言うけど、この前の態度、『言いましたよね、言いましたよね』ってまくしたてるように言ったけど、あの態度も気に入らないんだよ。」

平成31年2月18日、Aは、メンタルクリニックを受診し、職場で怒鳴られて涙が出るなどと訴えた。

その後もXがいる事務部の事務室で足が震えるようになり、自分は社内でトラブルメーカーのように思われており、職員からも受け入れられていないのではないかなどとして気分が落ち込むことが増えていった。

その後、令和元年6月、Aは適応障害と診断され、出勤困難となり、同年9月30日付で退職した。

懲戒処分の内容

Y社は、Y社不祥事規程に基づき、不祥事委員会を設置し、関係者にヒアリングを実施した後、A及びXに対しヒアリングを実施した。

Aからは、平成31年2月18日に受診した際のカルテの写し、本件発言を受けた直後に作成したメモ等が提出され、Xは、本件発言をしたことはないと弁明した。

Y社は、本件発言が原因となってメンタルクリニックを受診したと推察されるとして、本件発言をパワーハラスメントと認定し、管理職ではない考課役への降格処分とされた(本件懲戒処分)。 

これにより、Xの職能給は月額28万3800円から27万7000円に減額、役付手当は月額14万円から月額9万円に減額された。

訴訟の内容

Xは、Y社に対し、本件懲戒処分は違法無効であると主張し、減額された分の給与の支払い等を求めて提訴した。

本件の争点

本件の争点は、主に、本件発言の有無(争点①)、本件懲戒処分の有効性(争点②)である。

裁判所の判断

争点①について

裁判所は、Xが本件発言をしたことを示す直接的な証拠はないが、以下の理由により、本件発言があったことを認定した。

・本件発言の直後に作成されたメモ、カルテの記載内容及びその後のAの説明内容には不自然不合理な点はない

・本件発言の直後にAが総務部の事務室を出て泣いていることころを他の職員が目撃していた

・Xは、裁判所に提出した陳述書には、Aが全部店分のID・パスワードを全部店に対して一斉送信したことについて注意したと記載したにもかかわらず、本人尋問期日においてはこれと異なることを述べており、Xの供述には不自然な変遷がある

・Aが全部店分のID・パスワードを全部店に対して一斉送信したことは、Xの誤解であった

争点②について

裁判所は、以下の理由により、本件懲戒処分は有効であると判断した。

・何らの根拠のないまま業務遂行が不適切であると決めつけ一方的に非難するものであり、かつ、Aが周囲の職員から受け入れられていない旨告げて人格を否定するものであって悪質である

・Aはメンタルクリニックを受診するに至っており、組織に対する影響も軽視することができない

・Xは、平成28年にも部下職員に対する不適切な言動によって出勤停止処分を受けている

本件のポイント

本件では、一回限りの発言について、降格という比較的重い懲戒処分を有効と判断されました。

裁判所は、本件発言について、「当事者間の人間関係や被害者への影響のみならず、当該部所間の関係性やそれを越えた企業全体の職場環境も悪化させ、ひいては業務の生産性を低下させるものであって、企業秩序を乱し、組織を破壊しかねない行為」であると指摘し、パワハラに対する厳しい態度をとっており、実務の参考になると思います。


初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2023年12月5日号(vol.287)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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