2024.1.30
適応障害による休職の後発達的問題が明らかとなった事例~横浜地裁令和3年12月23日判決(労働判例1289号62頁)~弁護士:五十嵐亮
事案の概要
当事者
原告Xは、平成26年4月入社し、正社員として製品生産量・不良品数の集計作業等に従事していた者である。
被告Y社は、ディスプレイ等の製造、販売を目的とする株式会社である。
休職に至る経緯
平成26年9月ころ、Xは、周囲となじむことができず、職場で月に1、2回涙を流すようになった。
その後も、泣き出して会話ができなくなったり、週に1回程度朝礼の際に涙を流すようになった。
Y社は、産業医に相談の上、Xの同意を得て、Xの両親と面談し、両親から受診の働きかけを行ったが、Xは受診に応じず、Xの状態は悪化した。
平成27年12月18日、Xの父が受診のために、Y社まで車でXを迎えに行くことになった。
その際Xは、療養に専念することに納得せず、社内の自席から立ち上がることを拒んだが、Y社の正面玄関まで連れて行き、父の車に乗せた。
翌日、Xは、Aメンタルクリニックを受診し、「適応障害」「労務の継続は困難な状態」との診断を受けた。
その後、Xは、年次有給休暇と病気欠勤し、Y社は、平成28年3月26日から平成29年7月25日まで(16か月)の私傷病休職を命じた(その後、休職期間は平成30年10月まで延長されている)。
休職後自然退職に至るまでの経緯
平成28年5月12日、医師は、適応障害の症状は安定しており復職可能な状態といえるが、ベースに発達的な問題があると思われることから、今後復職してもトラブルを起こす可能性は高い旨の意見を述べた。
Xは、平成28年8月から、障害者職業センターでリワークプログラムを受講した。
このころ受診していたB医師は、Xは自閉症スペクトラムではないかと考えたが、Xは、確定診断に必要な検査の受診に応じなかった。
平成29年3月31日、B医師は、リワークプログラム等の状況も踏まえ復職に関する「診療情報提供書」を作成した。
その中には、Xの特性として「他人の意図や場の雰囲気など、自分以外の視点を持つことが苦手」「指示の内容が複雑な業務は処理が難しい」「同時並行の作業は苦手」、配慮事項として「文書やメールなど目で見て理解できる指示を出す」「指示を出し、結果報告を受ける上司は一人に絞る」「会社のやり方を説明する際は時間をとって丁寧に説明する」などの記載があった(なお、診療情報提供書は、平成29年4月24日に、配慮事項の部分に、「なるべく」「必要に応じて」「望ましい」という表現が加筆された形で訂正されている)。
平成29年4月19日、Y社は、Xと面談し、社内で適した業務がないとして、清掃や書類の電子化作業等を行うグループ会社への障害者雇用を勧める旨を伝え、Y社内での復職は不可である旨通知した。
平成29年7月28日、Y 社産業医は、職場復帰「可」、超過勤務「不可」配慮事項等については、訂正された診療情報提供書のとおりとの意見を述べた。
しかしながら、その後もXの自宅待機が続き、平成30年9月、Y社は、Xに対し、B医師の診断書及びY社が指定するC医師の診断書の提出を求めたが、Xは、C医師の診断書(「復職が可能な状態にある」と記載)のみを提出した。
Y社は、B医師の診断書を提出しないまま、休職期間を経過したとして、自然退職扱いとする旨、Xに対して通知した(本件自然退職扱い)。
訴訟の内容
Xは、Y社に対し、休職の原因となった適応障害の症状は回復していたにもかかわらず、休職の原因となった傷病の範囲を超えて労務提供の可否を判断してなされた本件自然退職扱いは違法無効であるとして、雇用契約上の地位確認を求めるとともに、未払いの賃金請求等を求めて提訴した。
本件の争点
本件の争点は、主に休職理由が消滅し復職が可能となったのはいつかという点及び本件自然退職が有効かという点である。
裁判所の判断
まず、裁判所は、一般論として、「ある傷病について発令された私傷病休職命令に係る休職期間が満了する時点で、当該傷病の症状は、私傷病発症前の職務遂行レベルの労働を提供することに支障がない程度にまで軽快したものの、当該傷病とは別の事情により、他の通常の従業員を想定して設定した「従前の職務を通常の程度に行える健康状態」に至っていないようなときに、労働契約の債務の本旨に従った履行の提供ができないとして、上記の休職期間の満了により自然退職とすることはできない」と判断した。
そして、裁判所は、復職可能時期について、Xの業務を知り得る立場にある産業医が復職可能と判断した平成29年7月28日であるとし、同年8月1日以降に段階的に復職させるべきであったと判断し、同年8月分以降の未払い賃金の支払いを命じた。
本件のポイント
本件は、周囲になじめず適応障害を発症したXにつき、休職後の受診やリワークプログラムの受講を経て、背景に発達的問題の疑いが判明したという事案です。
このような事案では、仮に社内に本人に合った業務がなかったとしても、安易に自然退職に踏み切るのではなく、障害者就業・生活支援センターなどと連携しつつ、本人の理解を得られるように丁寧に説明をすることが重要になるでしょう。
初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2023年11月5日号(vol.286)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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