2023.11.9
在宅勤務者に対する出社命令が無効であるとされた事例~東京地裁令和4年11月16日判決(労働判例1287号52頁)~弁護士:五十嵐亮
事案の概要
当事者
原告Xは、令和2年5月、Y社に入社した者である。
被告Y社は、ITソフト開発やSESなどの事業を行っている株式会社である。
入社時の労働条件
Xは、転職サイトを通じて就職活動を行っており、子どもを保育園に送迎する必要があることから、完全に自宅で勤務することを希望する旨を記載していた。
Y社は、同サイトを通じてスカウトメールを送り、Xと面接を実施した。
Y社は、面接の際には、リモートワークが基本ではあるが、何かあれば出社できることが必要である旨伝えた。
XとY社は、令和2年5月8日に労働契約を締結し、労働契約書には、「就業場所」について、「本社事務所」と記載されていた。
実際には、初日に出社した後は、在宅勤務を行い、初日以外で出社したのは1度のみであった。
出社命令に至る経緯
Y社では、リモートワークを行う従業員は、Slackのダイレクトメッセージ機能を用いて、他の従業員とやりとりをしていたが、そのやりとりの中に、Y社代表者について、「これだけ人辞められててまだ理解できないのかな…??…って感じですね!!! 負のスパイラルですね!!! だから、福利厚生とかを良くしてホワイトっぽくしてるんですね! 」などの内容が投稿されていた(本件投稿)。
後日、Xが本件投稿を行ったことが判明したことから、Y社は、Xに対し、令和3年3月4日から出勤停止1か月とする懲戒処分とした(本件懲戒処分)。
本件懲戒処分の処分通知書には、「出勤停止後は管理監督の観点から、社内SNSの利用とリモートワークを禁止とし通常出勤とする」との記載があった。
これを受けて、Xは、Y社に対し、本件懲戒処分は不当に重すぎる等と記載したメールを送ったところ、Y社は、Xに対し「出勤停止は置いといて。最終的な決定がでるまでは、勤務中にしていたこともあり、管理監督の観点からリモートワーク禁止とし、明後日から会社への通常出勤をお願いいたします。出勤がない場合はもちろん欠勤扱いとさせて頂きます。」とのメールを送り、Y社事務所への出勤を求めた(本件出社命令)。
Xは、令和3年3月4日以降、Y社に出勤しなかった。
退職に至る経緯
Y社は、令和3年3月18日付けで、就業規則46条1項7号(会社に届出のない欠勤があり、欠勤開始から14日間経過した場合には、当該経過した日をもって退職とする旨の規定)に基づき、Xを退職扱いとした(本件退職扱い)。
Y社は、令和3年3月分以降の賃金について、欠勤を理由に3万8095円のみを支払った。
訴訟の内容
Xは、Y社に対し、令和3年3月分以降の賃金等の支払を求めて提訴した。
本件の争点
本件の争点は、本件出社命令は有効かという点である。
裁判所の判断
出社命令が認められるための判断基準
裁判所は、「本件の労働契約においては、本件契約書の記載にかかわらず、就業場所は原則として原告の自宅とし、被告は、業務上の必要がある場合に限って、本社事務所への出勤を求めることができると解するのが相当である。」
と判断した。
本件出社命令には業務上の必要性が認められるか
Y社は、Xが本件投稿を含む業務に関係のないやり取りを長時間にわたってしていたことから、管理監督上の観点から業務上の必要性があったかどうかが問題となった。
裁判所は、本件では長時間にわたって業務に関係のないやり取りを行っていた証拠はなく、一般にオンライン上に限らず従業員の私的な会話が行われることがあり得ることから、出社を求めるほどの業務上の必要性が生じたとはいえ
ないとした。
結論
以上から、裁判所は、出社を求める業務上の必要性はなく、本件出社命令は無効であると判断した。
本件のポイント
新型コロナウイルス感染拡大等によりリモートワークが急速に普及しましたが、それに伴い、リモートワークにまつわるこれまでにない法的問題が表面化しています。
本判決では、リモートワーク中に不適切な言動があった場合に出勤命令を行うことができるかという点が問題となりました。
本件では、裁判所がこの問題に対して、「業務上の必要がある場合に限って、本社事務所への出勤を求めることができると解するのが相当」であるという基準を示しました。
そして、本件のようなSlack上の言動があったとしても、一般にオンライン上に限らず従業員同士の私的な会話が行われることもあることから、そのことを理由に出社を命じるほどの業務上の必要性が生じたとはいえないと判断した点が注目されます。
もっとも、私的な言動が長時間にわたるなど業務上の支障が生じていると認められる場合には、出社命令が有効となる場合もあり得ると考えられますので、注意が必要です。
初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2023年9月5日号(vol.284)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
関連する記事はこちら
- 障害者雇用の職員に対する安全配慮義務違反が認められた事例~奈良地裁葛城支部令和4年7月15日判決(労働判例1305号47頁)~(弁護士 五十嵐 亮)
- 契約期間の記載のない求人と無期雇用契約の成否~東京高等裁判所令和5年3月23日判決 (労働判例1306号52頁)~(弁護士 薄田 真司)
- 非管理職への降格に伴う賃金減額が無効とされた事例~東京地裁令和5年6 月9日判決(労働判例1306 号42 頁)~(弁護士:五十嵐亮)
- 売上の10%を残業手当とする賃金規定の適法性~札幌地方裁判所令和5年3月31日判決(労働判例1302号5頁)~弁護士:薄田真司
- 扶養手当の廃止及び子ども手当等の新設が有効とされた事例~山口地裁令和5年5月24日判決(労働判例1293号5頁)~弁護士:五十嵐亮
- 死亡退職の場合に支給日在籍要件の適用を認めなかった事例~松山地方裁判所判決令和4年11月2日(労働判例1294号53頁)~弁護士:薄田真司
- 育休復帰後の配置転換が違法とされた事例~東京高裁令和5年4月27日判決(労働判例1292号40頁)~弁護士:五十嵐亮
- 業務上横領の証拠がない!証拠の集め方とその後の対応における注意点
- 海外での社外研修費用返還請求が認められた事例~東京地裁令和4年4月20日判決(労働判例1295号73頁)~弁護士:薄田真司
- 問題社員・モンスター社員を辞めさせる方法は?対処法と解雇の法的リスクについて