2023.8.10

業務上の経費を賃金から控除することが適法か争われた事例~京都地裁令和5年1月26日判決(労働判例1282号19頁)~弁護士:五十嵐亮

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

被告(Y社)は、生命保険業を行う保険業法上の相互会社である。

原告(X)は、平成5年3月よりY社と雇用契約を締結し、営業職員として、生命保険の新規契約の募集、既存契約者へのサービス業務に従事していた者である。

営業職員の賃金から控除されていた費用

Y社では、営業職員の賃金から、「携帯端末使用料」、「機関控除金」、「会社斡旋物品代」が控除されていた。

「携帯端末使用料」とは、Y社において顧客に保険商品の内容を説明したり、保険契約のシミュレーションをしたりする際に用いられる携帯端末の使用料である。

「会社斡旋物品代」とは、Y社のロゴ入りの文具、クリアケース、チョコレート、飴等の販促品代である。

「機関控除金」とは、Y社が注文を取りまとめている物品の購入代である。

具体的には、Y社が発行するチラシ代、花代、封筒・切手代、年賀状・暑中見舞い代、募集資料の用紙・トナー代等である。

いずれも販促品として使用するものである。

Xの請求内容

Xは、Y社が業務上の経費を賃金から控除したことは、労働基準法24条1項の賃金全額払いの原則に反し許されないと主張し、控除された経費は未払い賃金であるとして未払い賃金請求訴訟等を提起した。

本件の争点

本件の主な争点は、賃金から経費を控除する合意が成立していたか否かという点である。

裁判所の判断

争点①に関する一般論

裁判所は、労働基準法89条5号のように就業規則によって労働者に費用負担させる場合があることを定めた条項が存在することからすれば、使用者と労働者との間の合意によりこれを定めることも許容されるとした。

ただし、賃金全額払いの原則の趣旨に照らし、労働者がその自由な意思に基づいて合意したものである必要があるとして、労使協定が締結されていたとしても、控除の対象が、使用者から義務付けられ、労働者にとって選択の余地がない営業活動費である場合には、自由な意思に基づく合意とはいえず、賃金からの控除は許されないという一般論を示した。

自由な意思に基づく合意といえるかどうかの判断

裁判所は、それぞれの経費について、自由な意思に基づく合意といえるかどうか判断し、結論として、機関控除金のうち、募集資料のコピー代・トナー代については自由な意思に基づく合意といえないと判断した。

具体的な判断内容は、以下の通り。

結論

機関控除金のうち募集資料のコピー代・トナー代については、経費を賃金から控除するとの合意が成立したと認められず、平成24年10月分から平成30年12月分までの控除分合計15万円(月額2000円×75か月)の支払いを命じた。

本件のポイント

労働基準法24条は、いわゆる賃金全額払いの原則を定め、この例外として、当該事業場の労働者の過半数を代表する者との書面による協定が行われている場合には、賃金の一部を控除して支払うことができるとされています。

ここにいう労使協定は、賃金からの控除が労基法24条違反にならないという効果をもたらすものにすぎないことから、使用者が実際に控除する場合には、別途、労働協約又は就業規則に控除の根拠規定を設けるか、労働者との間で個別に合意する必要があります。

本件では、Y社の労働協約にも就業規則にも賃金からの控除を行う規程がなかったことから、個別の合意が成立したのかという点が問題となりましたが、労使協定が締結されていたとしても、控除の対象が、使用者から義務付けられ、労働者にとって選択の余地がない営業活動費である場合には、自由な意思に基づく合意とはいえず、賃金からの控除は許されないという一般論を示した点に特徴があります。


初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2023年6月5日号(vol.281)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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