家族の病気・介護等の事情のある社員に対する配転命令が有効とされた事例~大阪地裁令和3年11月29日判決(労働判例1277号55頁)~弁護士:五十嵐亮

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

原告(X)は、平成2年よりY社にて勤務していた者であり、後記の配転命令時は、グループ会社のA社の関西オフィスに出向していた。

Xは、長男及び母親と同居していた。

被告(Y社)は、コンピュータ、電子機器開発・運用等を業とする株式会社である。

Y社は本店の他、全国8か所に支社があり、グループ全体で約8万人の社員が所属している。

配置転換に至った事情

Y社は、平成30年1月、業績改善のため、3000人の希望退職を募る旨を発表し、同年7月、事務部門・間接部門を東京に集約するため、Xが所属していた関西オフィスを閉鎖することを発表した。

平成30年8月以降、Y社及びA社は、Xと面談を行い、Y社の東京玉川事業所への転勤や従来の関西オフィスでの別の仕事を提案した。

しかし、Xは、

①長男(当時11歳)が自家中毒に罹患しており、体調を崩したら学校から連絡があり、病院に連れて行く必要がある

②母親が高齢であり、月に2、3回は体調不良になる

などとして、提案を受け入れなかった。

この間、Y社やA社は、Xが転勤できない具体的な事情を聴取するために再度面談をすることを提案したが、Xが「頼んだ覚えはない!自宅に来たら、警察呼ぶ!帰れバカ!」などの内容のメールを送り、面談に応じない姿勢を示したため、具体的な事情を聴取することはできなかった。

配転命令と命令違反による懲戒解雇

平成31年3月、Y社は、Xに対し、A社関西オフィスからY社東京玉川事業所に配転するとの配転命令を発令した(本件配転命令)。

しかし、Xが本件配転命令を拒否したため、Y社は、Xに対し、再度、転勤先に着任するよう業務命令通知を出したが、これにも応じなかった。

Y社は、Xの業務命令違反を懲戒事由として、Xを懲戒解雇した(本件懲戒解雇)。

Xの請求内容

Xは、Y社に対し、前記①・②の事情に加えて、長男が小児喘息に罹患している事や母親が両眼白内障手術を受けたことなどを理由として、本件配転命令及び本件懲戒解雇が違法無効であるとして、訴訟を提起した。

本件の争点

本件の主な争点は、本件配転命令が有効かどうかという点である。

裁判所の判断

配転命令の有効性の判断基準

裁判所は、最高裁昭和61年7月14日判決(東亜ペイント事件判決)を踏襲して、「配転命令がほかの不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該配転命令は権利の濫用になるものではない」と判示した。

本件について

裁判所は、Y社が、本件配転命令発令当時、Xの長男が小児喘息を発症したことや母親が両眼白内障の手術を受けたことを認識していなかったことは、Xが自ら説明の機会を放棄したことによるものであり、X自ら招いた事態であるから、Y社が本件配転命令発令当時に認識していた事情をもとに本件配転命令の有効性を判断することは相当とした。

その上で、①の事情については、学校から子どもが体調を崩したとして保護者が迎えに来ることを求められることは一般的な出来事であって、通常の事情と解されるとした。

②の事情については、Xの母親は介護を要するような状態にあるわけではなく、持病等についても加齢による一般的なものを超えるものではないことから、転居をすることが不可能というような事情ではないとした。

結論

裁判所は、Xが主張する事情は、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益とはいえず、本件配転命令は有効であり、本件配転命令を拒否したことを理由とした本件懲戒解雇も有効とした。

なお、裁判所は、仮に長男の喘息や母親の両眼白内障といった事情を考慮したとしても本件配転命令は有効であると判断している。

本件のポイント

使用者が、就業場所の変更を伴う配置転換をする場合には、労働者の子の養育状況や家族の介護状況に配慮しなければならないとされています(育児介護休業法26条)。

このような配慮を行う前提として、使用者が、労働者から養育の状況や介護の状況を聴取する必要がありますが、本件では、労働者が情報提供に協力しない場合には、どうすればよいのかということが問題になりました。

本判決の特徴は、使用者からの面談を労働者が拒否したことで使用者が労働者の私生活の状況を充分に認識できなかった場合には、配転命令の有効性の判断は、使用者が認識していた事情をもとにして判断すべきとされた点にあり、実務の参考になる判断といえるでしょう。


初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2023年4月5日号(vol.279)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

/

       

関連する記事はこちら