2023.3.7

同僚からの暴行が労災と認められた事例~名古屋地裁令和4年2月7日判決(労働判例1272 号34頁)~弁護士:五十嵐亮

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

裁判の内容

本件は、A社が運営しているホテルにフロントマンとして勤務していた原告(X)が、勤務時間中に同僚(B)から暴行を受け負傷したことから労働基準監督署に対し労災請求を行ったところ、不支給処分とされたため、国を被告として不支給処分取消訴訟を提起したものである。

暴行の内容

Xは、ホテルにおいてフロントマンとして従事し、来客対応や厨房での調理が主な業務であった。

平成30年12月24日、Xは、同僚のフロントマンであるBとともに厨房で調理作業をしていた。

Bが、調理をしていたXに対し、「次、僕何したらいいですか」と尋ねた。

Xがこれに対して、「ウインナーの盛り付けをお願いします」と答えたところ、Bが「やったことないんで、分かんないっす」と述べたため、Xが顔だけを右後ろにいるBに向け「前教えましたよね」「昨日も教えましたよね」と述べたところ、BがXの背後から背中を蹴り、Xをつかんで引っ張り、床に倒す暴行を加えた(本件暴行)。

Xは、本件暴行により、頭部皮下出血、頭部挫創、頚椎症性脊髄症等の傷害を負った。

Xによる労災請求

Xは、本件暴行により負傷し通院が必要となり、労働することができない状態であったことから、労働基準監督署に対し、労災請求( 療養補償給付及び休業補償給付) をしたが、本件暴行と業務との間に相当因果関係が認められないとして、不支給処分とした(本件不支給処分)。

Xの請求内容

Xは、本件不支給処分が違法であるとして、国を被告として、不支給処分取消訴訟を提起した。

本件の争点

本件の争点は、本件暴行と業務との間に相当因果関係があるかという点である。

裁判所の判断

労災認定の判断基準

裁判所は、本件暴行と業務との間に相当因果関係があるというためには「当該負傷等の結果が、当該業務に内在又は通常随伴する危険性が現実化したものと評価し得ることが必要である」としたうえで、労働者が職場での業務遂行中に他人の暴行という災害により負傷した場合、当該暴行が、私的怨恨によるもの、自招行為によるものその他明らかに業務に起因しない場合を除き、労働者の業務に内在又は随伴する危険が現実化したものと評価できるのが通常であるとの判断基準を示した。

本件について

そして、裁判所は、本件では、私的怨恨や自招行為があるとは認められないことから、本件暴行と業務との間に相当因果関係があるとし、Xの労災請求に対する不支給処分は違法であって取り消されるべきと判断した。

本件のポイント

本件のように、同僚から暴行を受けて負傷をした場合、労災に該当するのかどうかという点について争いになることがあります。

この点については、厚生労働局長より、「他人の故意に基づく暴行による負傷の取扱いについて」(平成21年7月23日付基発0723第12号都道府県労働局長宛て厚生労働基準局長通知)という通達が出されており、「業務に従事している場合、他人の故意に基づく暴行によるものについては、当該故意が私的怨恨に基づくもの、自招行為によるものその他明らかに業務に起因しないものを除き、業務に起因する又は通勤によるものと推定する」とされています。

本件でも、裁判所はこの通達の基準に即して判断しており、X・B間の私的怨恨(個人的な恨み・揉め事等)やXによる自招行為(挑発行為等)がないことから労災認定すべきとの結論に至ったものです。

過去の裁判例では、被害者からの業務に関係のない挑発行為・侮辱行為により暴行に至った場合には、自招行為があったとして、労災請求を認めないとしたものもあります。

また、個人的な恋愛感情のもつれなどが原因として暴行に発展したような場合に、私的怨恨があったとして労災請求を認めないとしたものもあります。

このように、本件のような事案の場合には、暴行に至った背景事情を当事者や関係者から丁寧に聴取したうえで対応を検討する必要がありますので、注意が必要です。


初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2023年1月5日号(vol.276)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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