2023.2.14
地方公務員に対する懲戒免職・退職金全額不支給処分が適法とされた事例~大阪地裁令和3年3月29日判決(労働判例1247 号33頁)~弁護士:五十嵐亮
事案の概要
⑴ 当事者
被告(Y市)は、政令指定都市である地方自治体である。
原告(X)は、昭和56年にY市に地方公務員として採用され、選挙事務に従事(選挙補助システムの作成・運用等)していた者である。
⑵ Xによる非違行為
平成18年4月、選挙補助システムの改良作業を行うためにY市の有権者データを自宅に持ち帰った。
平成25年、市販のソフトウェアを用いて、新たな選挙補助システム(自作システム)の開発を行い、試作したものをY市選挙管理委員会事務局のパソコンに導入しデモを行ったり、自作システムを他の自治体や民間のソフトウェア会社に紹介・提案したりした。
平成26年4月、公益財団法人Y市A事業団(A事業団)に異動になった元上司から、A事業団の従業員の出退勤管理システムの作成を依頼され、その際に、A事業団の職員の個人情報を含むデータの提供を受けて保有した。
平成27年4月、職場で使用していたパソコン上の個人フォルダに保存していた個人情報を含む全ファイルのデータを自宅に持ち帰り、私物のポータブルハードディスクに保存していたデータを個人で契約する民間のレンタルサーバーに保存した。
⑶ 懲戒解雇に至る経緯
平成27年6月、Y市に対して、Y市の関連データがインターネット上に残っているという匿名の投稿がなされた。
Y市による調査の結果、Xがレンタルサーバーに保存していた個人情報を含む184のファイルのうち、15ファイルについて2つのIPアドレス等からアクセスがあったことが判明した。
Y市は、Xに対して事情聴取を行ったが、Xは明確な証言をせず、データを消去した。
Y市が専門業者に依頼して調査を行ったところ、前述した⑵の事実が判明した。
平成27年12月、Y市は、Xを懲戒免職処分(本件懲戒免職処分)としたうえで、退職手当について全額不支給処分(本件不支給処分)とした。
Y市が主張する懲戒事由該当行為は次のとおり。
① 有権者データを自宅に持ち帰り、自作システムに取り込み動作確認をした
② 自作システムをY市のパソコンに取り込み動作確認をした
③ 他の自治体及び民間業者等に自作システムの売り込みをした
④ A事業団の従業員の個人情報を含むデータを返却しなかった
⑤ 職場のPC 上に保存されていた個人情報を含むデータを民間レンタルサーバーに保存してインターネット上に閲覧可能な状態に置き、個人情報を流出させた
⑥ 事情聴取に対して明確に証言せず、データを消去した
⑷ Xの請求内容
Xは、本件懲戒免職処分及び本件不支給処分が違法・無効であるとして、行政処分取消訴訟を提起した。
⑸ 本件の争点
本件の争点は、本件懲戒免職処分が違法かという点(争点①)及び本件不支給処分が違法か(争点②)という点である。
裁判所の判断
⑴ 争点①について
裁判所は、地方公務員に対する懲戒免職処分は、「懲戒権者が裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合」に違法となるとの一般論を示したうえで、以下の理由により、本件懲戒免職処分は適法であると判断した。
・処分事由①ないし⑤は、地方公務員法30条、個人情報保護条例及びY市の諸規定に違反し、全体として地方公務員法33条に定める信用失墜行為に当たる
・極めて高度かつ多量の個人情報をインターネット上に流出させる事態を生じさせ、住民約1000人がY市に対して損害賠償請求訴訟を提起するに至っている
・Xは情報化推進員に選任されていながら、長期間にわたり情報セキュリティに関する諸規定に違反する行動をとっていた
・Y市からの事情聴取に対して明確に証言せず、証拠隠滅行為を行った
⑵ 争点②について
裁判所は、退職手当の不支給について、「社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合」に違法となるとの一般論を示したうえで、Xの行為は、Xの継続勤務の功を抹消するものであるとして、本件不支給処分は適法であると判断した。
本件のポイント
本件は、地方公務員における懲戒免職処分及び退職手当の全額不支給とする処分を適法と判断したものですが、特に、退職手当の全額不支給を認めた点が特徴的です。
労働契約の場合には、長年の勤続の功を抹消するほどの著しい背信行為があった場合には退職金の全額不支給が認められるとする裁判例がありますが、本件でも、この基準を念頭に置いているものと考えられます。
民間の労働契約の場面で、懲戒解雇に伴い退職金を不支給とする場合には、就業規則等に「懲戒解雇事由がある場合には退職金を支給しない」旨の定めがあることが必要となりますので、注意が必要です。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2022年12月5日号(vol.275)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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