人事評価に基づく賃金減額の有効性が争われた事例~東京地裁令和4年2月28日判決(労働判例1267号67頁)~弁護士:五十嵐 亮

事案の概要
当事者等
被告(Y社)は、ソフトウェア等の企画・開発等の事業を営む株式会社である。
原告(X)は、平成23年10月にY社に入社し、ネットワーク開発部のネットワークエンジニアとして勤務していた者である。
Y社の人事評価制度
Y社は、「人事・報酬ガイドブック」(本件ガイドブック)を定めて平成27年4月から導入し、従業員に周知した。
本件ガイドブックによれば、すべての社員は、M2(部長)、M1(マネージャー)、L2( アシスタントマネージャー) 、L 1 ( リーダー)、S(スタッフ)のいずれかの階層に区分され、報酬テーブルは、70(月次報酬172万9630円)からN(月次報酬15万3220円)までの84のグレードを設定していた(本件報酬テーブル)。
人事評価は、業績評価と行動評価で構成され、業績評価は、半期ごとに行い、半期の初めに目標を設定し、上期と下期の総合評価により賞与額の個人業績係数が決まる仕組みであった。
行動評価は、Y社が定めた行動基準に沿った行動がどのくらいの量(頻度)と質で出現しているかを評価し、期初に目標を定め、期末の評価(5段階評価)の結果に基づいて、グレードの増減を決定する仕組みであった。
グレードの増減に応じて月次の報酬額も増減することになる。
本件ガイドブックでは、「3つ以上の項目で2以下の評価である場合または5項目平均で2.5以下である場合」には降格する(グレードを下げる)場合があると定められていた(本件降給基準)。
Xに対する降給
平成27年5月3 1日当時、Xはグレードが「10」(月次報酬30万2390円)であった。 平成27年12月1日、平成27年上期の行動評価の結果、4つの項目で2以下、5項目の平均が2.2となったことから、グレード「7」(月次報酬27万6730円に降給された(本件降給)。

Xの請求内容
Xは、本件降給は違法・無効であるとして、Xが差額賃金の支払いを求めて提訴したものである。
本件の争点
本件の争点は、①降給の根拠規定があるかどうか、②本件降給における評価に裁量の濫用があったかどうか、③賃金減額が有効かどうかという点である。
裁判所の判断
①降給の根拠規定があるかどうか
裁判所は、Y社の給与規程や就業規則の見直しの規定があり、Y社従業員に周知された本件ガイドブックに行動評価の方法と本件降給基準及び本件報酬テーブルが定められていることからも、行動評価の結果を本件降給基準にあてはめて本件報酬テーブルのグレードを下げる(降給)の根拠規定はあると判断した。
②本件降給における評価に裁量の濫用があったかどうか
この点について、裁判所は主に次の点を指摘して裁量の逸脱は認められないと判断した。
・行動評価は、上長がXとともに目標の内容を確認しつつ評価を実施し、事業領域別評価会議及び全体評価会議で評価を調整するなどして確定している
・Xは開発部新入社員研修の課題を下回る水準で完遂できなかった
・Xが目標の設定を円滑に行わないことがあった
③賃金減額が有効かどうか
裁判所は、主に次の点を指摘して減額が当初賃金の10%減額した27万2151円を超える減額部分について無効であると判断した。
・Y社には降給に際して「年10%を超えない」という内部の運用があった
・グレードごとの定義(役職、職務内容、責任等)は規定されていなかった
・4年度に渡って毎年降給が繰り返し実施されており、30万2390円から21万2090円まで約29%も減額され不利益が大きい
本件のポイント
本件は、人事評価に基づき複数回にわたり降給が実施されたケースで、結論として当初の賃金の10%を超えて減額した部分について無効と判断しました。
人事評価に基づく降給が問題となる裁判においては、客観的かつ適正な評価基準が存在しているかどうか、不当な目的・私的な目的によって評価されていないかどうか、減額幅が適正かどうかという点が着目されます。
本件でも同様の視点で判断がなされています。
客観的かつ適正な評価基準が存在しており、実際の評価に際して不当な目的が介入していなければ、ある程度広範に使用者側の裁量が認められると考えられます。
本件では、Y社の人事評価制度及びその評価の運用自体に違法性は存在しないとしつつも、減額幅について違法無効とした点に特徴があり、実務上の参考になるといえます。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2022年10月5日号(vol.273)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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