問題のある運転士に対する指導がパワハラに当たるか争われた事例~東京高裁令和3年6月16日判決(労働判例1260号5頁)~弁護士:五十嵐 亮

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

被告Y社は、路線バスの運行等を事業内容とする株式会社である。

原告Xは、路線バスの運転士としてY社に勤務していた者である。

Xによる問題行為

Xは、路線バスの運転士としての勤務中に次のような問題行為を行った。

【男子高校生の件】

平成30年8月31日、停留所において、男子高校生が、歩道から道路側に上半身をのけぞらせているのが見えたため、「おめえ、次、ぜっていやんなよ。頭出してたろ。ふざけてて。次殺すぞマジで。」と発言した。

【女子高校生の件】

令和元年7月16日、降車する際に回数券を料金箱に入れた女子高校生に対し、「君、あれー、回数券さ、折りたたんじゃいけないって知らない。知らなかった。じゃあ気を付けようか。じゃあ、担任の先生の名前と学年主任の名前とクラスと番号、教えて。」と発言した。

Y社による指導

Y社は、上記問題行動について苦情を受けたため、営業所長等が事実確認、指導及び退職勧奨を行うために複数回にわたり話し合いを行った。

営業所長等による発言内容及び指導内容のうち、主なものは以下のとおりである。

① 7月22日の会議室での発言

「うちにチンピラはいらない」

「書類を作って帰ってもらえや」

「男ならけじめをとれ」

② 7月23日の会議室での発言

「反省じゃない」

「考えはどうした。男だろう。けじめをつけろよ。」

「すいませんじゃすまないって言ってんだよ。」

「てめえ、チンピラなんだろう。」

「(退職届を)書けよ。書けよ。」

「どっか行けよ。それを言ってんだよ。何回も。それで終わすべよ。」

「その辺のチンピラがやることだよ。チンピラはいらねえんだようちは。雑魚はいらねえんだよ。」

Xの請求内容

Xは、Y社から退職強要や人格否定といったパワハラを受けたと主張し、慰謝料220万円を請求するとして、Y社を提訴した。

本件の争点

本件の争点は、「男ならけじめをとれ」「(退職届を)書けよ」「どっか行けよ」という発言が違法な退職強要に当たるかという点(争点①)、「チンピラ」「雑魚」という発言が違法な人格否定に当たるかという点(争点②)が、争点となった。

裁判所の判断

争点①について

裁判所は、本件については、「男ならけじめをとれ」「(退職届を)書けよ」「どっか行けよ」などと述べて、Xに考慮の機会を与えないまま、その場で自主退職の手続をとるよう繰り返し迫っていることから、Xの自由な意思決定を困難にしているものであって、違法となると判断した。

争点②について

裁判所は、労働者の職責、上司と労働者の関係、労働者の指導の必要性、指導の行われた際の具体的状況、当該指導における発言の内容・態様、頻度等に照らし、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超え、労働者に過重な心理的負担を与えたといえる場合には、当該指導は違法となるとの一般論を述べた。

本件では、裁判所は、事実確認の際にXが事実と異なることを述べたこと、指導中のXの目つきや態度が悪かったこと、Xの改善意欲が十分でなかったことなどの事実を認定した上で、男子高校生に「殺すぞ」という発言をしたXに対して、「殺すぞ」等という発言をするのはチンピラないし雑魚であり、Y社にはそのような人物は不要である趣旨で発言したものであり、業務上の指導とは無関係にXの人格を否定したものはないとして、違法とはいえないと判断した。

なお、本件の一審である宇都宮地裁は、「チンピラ」「雑魚」との発言について、業務指導との関係が希薄であり、発言内容そのものがXを侮辱するものであることから、違法となると判断しており、争点②については、一審と控
訴審で判断が分かれたものである。

結論

裁判所は、Y社に対し、慰謝料及び弁護士費用として、合計22万円の支払いを命じた。

本件のポイント

本件では、問題のある運転士に対して指導や退職勧奨を行う際の発言が違法(パワハラ)ではないかという点が問題になりましたが、退職勧奨の点(争点①)については、これまでの裁判例に沿った判断といえます。

争点②について、一般的に人格を否定するような言動はパワハラに当たるとされています。

本件で問題となった「チンピラ」「雑魚」といった発言はそれ自体、人格否定に当たる発言であり、宇都宮地裁は発言内容を重視したものと考えられますが、東京高裁は、発言内容のみではなく、Xの指導の必要性が高かったことを重視したものと考えられます。

パワハラの判断に関する裁判例は、これからも集積されるものと考えられますが、引き続き注視が必要でしょう。


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2022年7月5日号(vol.270)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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