時給制従業員のシフトを一方的に減らすことは適法か~東京地裁令和2年11月25日決定(労働判例 1245号 27 頁)弁護士:五十嵐 亮

事案の概要
当事者
X社は、介護事業及び放課後児童デイサービス事業等を営む有限会社である。
Yは、X社に平成26年1月30日付けで雇用された従業員である。
雇用契約の内容
X社とYは、平成26年1月30日付で、雇用契約を締結し、当時の時給は950円であった(本件労働契約)。
Yの履歴書には週3日勤務を希望する旨の記載があった。
雇用契約書には、以下のような記載があった(本件契約書)。
就業場所 |
X社の各事業所 |
業務内容 | 空欄 |
始業就業時刻 | 始業時刻:午前8時00分 就業時刻:午後6時30分 (休憩60分)のうち8時間(シフトによる) |
X社における勤務体制
X社の各事業所の勤務体制は、各月に組まれるシフトによって決定され、前月に翌月の希望休日を申告し、各事業所の管理者がシフト表を作成し、人手が足りない場合には他の事業所との間で人員の調整を行ったうえ、シフトが正式
に決定されるものである。
シフト削減に至る経緯
Yは、入社後、介護事業所における介護業務を行っていたが、平成27年12月頃、認知症利用者の入浴介助を行う際、利用者を風呂場に置いて行った等のミスがあり、注意指導を受けたことがあった。
その後、Yは、平成28年1月から放課後児童デイサービスのシフト(午後の半日勤務)に入るようになった。
Yは、平成28年10月に労働組合に加入し、団体交渉を行った。
平成29年2月以降は、放課後児童デイサービスのみの勤務シフトとなり、平成29年5月以降のシフトは以下のとおりとなった。
平成29年 5月13日(勤務時間 65.5時間) 同年 6月15日(勤務時間 73.5時間) 同年 7月15日(勤務時間 78時間) 同年 8月 5日(勤務時間 40時間) 同年 9月 1日(勤務時間 8時間) ※平成29年10月以降は、1日も配属されなかった |
訴訟の内容
Yは、X社に対し、団体交渉において、本件労働契約において勤務時間を週3日、1日8時間、週24時間、勤務地、職種を介護事業所及び介護職と合意したにもかかわらず、X社がかかる合意内容に違反したとして、合意通りに勤務していたら得られたはずの賃金との差額を請求した。
また、仮にかかる合意が成立していなかったとしても、平成29年8月以降の大幅なシフト削減は違法であると主張して、本来得られたはずの賃金との差額を請求した。
これに対し、X社がYに対し、債務不存在確認訴訟を提起したものである。
本件の争点
本件の争点は、①本件労働契約に、勤務時間を週3日、1日8時間、週24時間、勤務地、職種を介護事業所及び介護職とする合意が含まれているかという点と、②平成29年8月以降のシフト削減は適法かという点である。
裁判所の判断
争点①について
裁判所は、以下の理由を示し、結論として、本件労働契約には、Yが主張するような合意は含まれていないと判断した。
・本件契約書には、Yが主張するような内容の記載はない
・Yが入社した後必ずしも週3回のシフトが組まれていたわけではない
・X社の介護事業所においては管理者、相談員、運転手、入浴担当、アクティビティ担当を各一人ずつ配置する必要があったところ、Yは運転免許及び相談員の資格を有しておらず、他の職員との兼ね合いにより、Yの1か月の勤務日数を固定することは困難であった
・求人サイトには介護職・ヘルパーの募集であったが、求人サイトの記載のみで職種の限定の合意が成立したと認めることはできない
争点②について
裁判所は、シフト削減について、「シフト制で勤務する労働者にとってシフトの大幅な削減は収入の減少に直結するものであり、労働者の不利益が著しいことからすれば、合理的な理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフト
の決定権限の濫用に当たり違法となり得る」と判断した。
そして、本件について、勤務日数を1日とした平成29年9月及び一切のシフトから外した平成29年10月について、違法と判断した。
他方、平成29年11月以降についても一切のシフトから外されているが、これはYが平成29年10月30日の団体交渉において放課後児童デイサービスでの半日勤務には応じないと表明したことによるものであって、職種限定の合意が成立していないことも鑑みれば、平成29年11月以降に一切のシフトから外したことについては違法とはいえないと判断した。
本件のポイント
裁判所は、シフト削減の適法性について「合理的な理由なく大幅に削減した場合」には違法となり得ると判示しています。基準としては抽象的ではありますが、結論としては、勤務日数を1日ないし0日とした9月及び10月を違法とし、勤務時間を5日とした8月については適法としていることから、使用者の裁量を広めに解しているように読めます。
「合理的な理由」については、本件のように、労働者の勤務態度・適性、他の事業所(職種)、他の従業員との兼ね合い、契約内容などを考慮する必要がありますので注意が必要です。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2021年11月5日号(vol.262)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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