長年更新されてきた有期雇用契約における 不更新条項を無効とした事例 ~福岡地裁令和 2 年 3 月17日判決~(弁護士:五十嵐亮)
事案の概要
当事者
被告であるY社は、総合広告代理店を営む株式会社である。
原告であるXは、昭和63年4月に新卒採用で契約社員(1年ごとの有期契約)としてY社に入社し、計画管理部で経理業務に従事したものである。
雇用契約の内容
Xは、Y社との1年の雇用契約を29年にわたって更新していたものであるが、平成25年4月1日以降の契約内容は以下のとおりである(以下「本件契約」という)。
契 約 期 間 | 1年 |
業 務 内 容 | マネジメントサポート業務 |
就 業 時 間 | 午前9時30分から午後5時30分まで |
給 与 | 月額25万円 |
賞 与 | 年2回、各25万円 |
Y社における制度の変更
Y社は、平成20年4月1日、契約社員就業規則を改訂し、新たに、通算5年を契約更新の上限とする「最長5年ルール」を導入した。
導入時において、すでに契約の通算期間が5年を超えている契約社員(Xを含む)に対しては、適用除外としていた。
しかし、平成25年4月1日に労働契約法改正法(無期転換ルール)が施行されたことに伴い、適用除外が撤廃され、全ての契約社員に最長5年ルールが適用されることになったと同時に、平成25年4月1日の雇用契約書には、平成30年3月31日以降は契約を更新しないものとする旨の「不更新条項」が盛り込まれた(以下「本件不更新条項」という)。
Y社による更新拒否
Xが、平成29年12月に本件契約の更新を申し入れたものの、Y社はこれを拒否し、平成30年3月31日をもって、その契約期間が満了した(以下「本件更新拒否」という)。
Xの請求内容
Xは、本件更新拒否は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことから、本件更新拒否は、労働契約法19条に違反するとして提訴した。
本件の争点
本件の争点は、多岐にわたるが、本件不更新条項は有効かという点を取り上げる。
なお、結論としては、本件更新拒否については、労働契約法19条2号に該当し、かつ客観的合理的な理由を欠くものと判断されている。
裁判所の判断
裁判所は、「約30年にわたり本件雇用契約を更新してきた原告にとって、被告との有期雇用契約を終了させることは、その生活面のみならず、社会的な立場等にも大きな変化をもたらすものであり、その負担も少なくないものと考えられるから、原告と被告との間で本件雇用契約を終了させる合意を認定するには慎重を期す必要があり、これを肯定するには、原告の明確な意思が認められなければならないというべきである」と判示した上で、「不更新条項が記載された雇用契約書への署名押印を拒否することは、原告にとって、本件雇用契約が更新できないことを意味するのであるから、このような条項のある雇用契約書に署名押印をしていたからといって、直ちに、原告が雇用契約を終了させる旨の明確な意思を表明したものとみることは相当ではない」と判断し、結論として、本件不更新条項は無効であると判断した。
本件のポイント
平成25年4月1日より、いわゆる「無期転換ルール」がスタートしたことを受けて、無期転換を避けるために不更新条項を設けた事例は多くあると思われます。
本件は、約30年にわたって更新を繰り返してきた有期雇用契約について、その途中に設けられた契約の不更新条項について無効と判断された裁判例です。
裁判所は、不更新条項の記載のある契約書に署名押印をしているだけでは足りず、「明確な意思」が必要と判断し、不更新条項が有効となる要件を厳しく判断しています。
通常の契約書であれば、署名押印があれば有効となるはずですが、本件では、約30年も更新を続けてきた有期雇用契約について途中で不更新条項を設けた点を重くみたものと思われます。
契約不更新条項に関して、無期転換ルールが施行された後に出された裁判例は、まだ数が多くないため、今後も注意が必要といえそうです。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2021年4月5日号(vol.255)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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