保育園が決まらないことを受けて行った、 育休後の正社員から契約社員への変更は有効か?
事案の概要
原告(X)は、平成20年7月、外国語スクールを営む被告会社(Y社)に正社員として入社しました。
Xは、その後、子を出産し、産休・育休を取得しましたが、育休が満了する時点で、子を預ける保育園が決まらなかったため、週3勤務の時短勤務で、かつ契約期間を1年とする契約社員形態への変更を行いました。
後日、Xは、保育園が見つかったので、Y社に対し、正社員に戻すよう求めましたが、Y社がこれに応じず、その後、1年間の契約期間満了により雇止めとなったものです。
事実関係の詳細は、以下の時系列表のとおりです。
本件の争点
本件の争点は、保育園が決まらないことを理由に正社員から契約社員(有期契約)に契約形態を変更することが、出産・育休取得を理由に不利益取扱いをすることを禁じている男女雇用機会均等法(以下「均等法」)及び育児介護休業法(以下「育介法」)に違反するかという点(争点①)と、保育園が決まったにもかかわらず、正社員への復帰を認めずに雇止めをしたことが有効か(争点②)という点です。
争点②について、Y社は、XがY社代表者との正社員復帰に関する会話を無断で録音したことや、Xが就業時間中に業務上付与されたアドレスで業務外のメールをしたことを主張し、雇止めには客観的合理的理由があると主張しました。
裁判所の判断
争点①について
「妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いに関する解釈通達」は、均等法及び育介法が禁止する不利益取扱いについて、例外として「当該取扱いによる有利な影響の内容や程度が当該取扱いにより受ける不利な影響の内容や程度を上回る」場合には、法令違反とならないとしています。
裁判所もこの解釈通達を意識した判断をしています。本件の場合、まず、Xは育児休業期間をさらに延長することが不可能であり、Xが正社員契約を継続したまま育児休業期間の終了を迎えた場合には、正社員契約に基づく就労(週5日、1日7時間)をすることは現実問題として相当困難でした。
裁判所もこの点については、「仮に正社員契約を継続していた場合には、欠勤を繰り返して自己都合退職を余儀なくされるか、または勤務成績不良・欠勤等を理由に解雇されるなどの不利益な処分を受けざるを得ない地位にあった。」としています。
他方、本件契約社員契約により、Xの就労義務は、1週間3日・1日4時間に緩和され、これによりXは、保育園に入れなくとも、欠勤することなく就労義務を履行することが可能となったことから、裁判所は、「合意によって得る法的な地位は、合意をしなかった場合と比較して有利なものであった。」としています。
結論として、裁判所は、争点①について、有効(適法)と判断しました。
争点②について
まず、裁判所は、XがY社代表者との正社員復帰に関する会話を無断で録音したことについては、Xが録音した内容は、正社員復帰に関する会話の内容であって、Y社の営業秘密に当たる情報ではなく、また、労使紛争においては、労使間の会話内容が重要な証拠となることから、証拠化する必要があったと指摘して、雇止めを行う客観的合理的理由にはならないとしました。
また、業務外のメールをしたとの点については、Y社において、業務上付与したメールアドレスを業務外に使用することを禁止していたことを証拠上認めることはできず、Xが業務外のメールをしていたとしても、そのことにどの程度の時間を要し、どの程度業務に支障が生じていたのか明らかでないとして、この点についても雇止めの客観的合理的理由には当たらないと判断しました。
結論として、裁判所は、争点②について、無効(違法)と判断しました。
本判決のポイント
本判決は、育休取得中の従業員に対し、正社員から契約社員に契約形態を変更することが適法となる場合の一つの事例を提供したことに意義があります。
同時に、契約形態を変更しなければならない事情(本件では、保育園が決まらなかったこと)が解消された場合に、不利益状態を解消せずに雇止めを行うことについては、裁判所はやはり慎重な姿勢をとっていますので、注意が必要です。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2019年6月5日号(vol.233)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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