2021.4.16

業務上負傷し労災認定された従業員に対する解雇が 違法とされた事例 ~札幌高裁令和 2 年 4 月 15日判決~(弁護士:五十嵐亮)

 

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

被告であるY社は、水産物卸売業等を営む株式会社である。
原告であるXは、平成22年4月に正社員としてY社に入社し、製造部に配属され水産物加工工場で、整形されたタラコを計測してパック詰めする作業に従事していたものである。

 

労災事故の発生から解雇に至る経緯

 

平成26年

3月

タラコを載せるザルを5枚重ねて作業台に移動する際、バランスを崩し落ちそうになったザルを受け止めようとして右小指を負傷(本件事故)

整形外科を受診したところ、右第5指打撲症、右第5指PIP関節外傷性滑膜炎と診断

平成26年

10月~

Xは、療養しながら業務を継続していたが、右第PIP関節屈曲拘縮等の症状により固定

術が必要となったため休職

平成28年

7月~8月

複数回の手術を実施したが症状が改善されないため、人工関節置換術を実施したが、人工関節と接続した骨が折れたため、骨移植をする手術を実施
平成29年

10月

右手指の受傷につき、症状固定と診断(右第5指につき骨ぜい弱性があり重い物もてない、包丁使えない、右手指骨癒合するもDIP関節は拘縮しているため可動性なし)(本件診断書)
平成29年

11月

職場復帰に向けて協議(Y社は清掃部への配置転換を提案したが、Xが製造部での勤務を希望した)
平成29年

11月20日

Y社がXに対し、就業規則17条1項「精神又は身体の障害により、業務に耐えられないと認められたとき」に該当するとして、12月15日付けで解雇する旨の解雇予告通知(本件解雇)

 

Xの請求内容

Xは、本件解雇は解雇権濫用法理により違法・無効であるとして未払い賃金の請求をし提訴した。

 

本件の争点

本件の争点は、①製造部における業務に耐えられるか否か、②Y社が解雇回避努力を行ったか否かである。

 

裁判所の判断

争点①について

Y社は、「右第5指につき骨ぜい弱性があり重い物もてない」、「包丁使えない」、「右手指骨癒合するもDIP関節は拘縮しているため可動性なし」との本件診断書の記載をもとに、手指に負担のかかる製造部での作業(冷たいタラコを取り扱うこと、一日に何度も手を洗うこと、パック詰めされたタラコを載せたザルを運ぶこと(重いもので22kg)があるところ)は困難であるとして、Xは製造部での業務に耐えられない(復職不能)と主張した。
しかし、裁判所は、以下の理由を述べ、軽減業務を行うなどすれば、製造部へ復職は可能であったと判断した。

 

  • 本件診断書は、労災手続に使用する診断書であり、復職の可否を判断するために作成されたものではない
  • Y社は、医師に対して復職の可否の観点から本件診断書の趣旨を確認していない
  • 医師に確認すれば、「小指に無理をかけないよう注意を払えば、慣れた作業は可能である」、「慣れるまでは仕事量を減らすなどの配慮が必要」などの回答が得られたものと考えられる

 

 

争点②について

Y社は、製造部への業務が困難であり、掃除業務への異動を提案したが、 Xがこれを拒否したことから、解雇回避努力を尽くしたと主張した。

 

 

しかし、裁判所は、以下の理由を述べ、解雇回避の努力を尽くしたとは認められず、本件解雇は違法・無効であると判断した。

 

  • Xは、Y社から、事前に配置転換を拒否すれば解雇もあり得るという説明を一切伝えられておらず、一度も解雇を回避するための選択の機会を与えられていなかった
  • 復職に向けた協議のなかで、軽減業務について調整がなされていなかった

 

本件のポイント

 

本件は、復職の可否の判断について、労災手続きのために作成された診断書のみを考慮するのではなく、実際に医師に問い合わせを行い、軽減業務が可能か否か、可能としてどの程度の業務であれば可能といった点についても確認すべきという旨の判決内容になっています。

 

従前の業務に直ちに復帰ができないとしても、軽減業務を行ったり、復帰のための準備期間を与えることが必要であり、このような検討をせずに直ちに解雇してしまうと違法となるリスクがあるということです。

 

本件は、札幌地裁は解雇を適法としましたが、札幌高裁では逆転して解雇を違法としており、判断が微妙な事案といえます。

 

実務上も、本件のような復職の可否については、判断に窮する場面が少なくないため、遠慮なくご相談ください。

 

 

<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2021年2月5日号(vol.253)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

 

 

 

 

/

       

関連する記事はこちら