非管理職への降格に伴う賃金減額が
無効とされた事例
~東京地裁令和5年6 月9日判決(労働判例1306 号42 頁)~(弁護士:五十嵐亮)

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

被告(Y社)は、パソコン製造販売等を業とする株式会社である。

原告(X)は、Y社において、A事業統括本部のマーケティングマネージャー(管理職)として勤務してい
た者である。

降格に至る経緯

Xは、令和2年度の年次評価において、担当しているマーケティングについて、マーケティングが貢献した見込顧客数等については目標値の353%を達成しているが、マーケティングが貢献した受注数については、目標の50%にとどまり、他のマーケティングでは、見込顧客数について目標値の10%、受注数については目標値の0%であった。

また、このような事態は、特定のマーケティング活動が遅れたこと、Xがデジタルマーケティング活動を自力で実現する能力を示せていないこと等によって生じていると評価された。

Y社は、Xに対し、令和3年11月、スペシャリスト(非管理職)への降格とともに年収の減額幅を10%とすることを提示し、職務変更・給与変更通知書兼合意書を交付したが、Xは、かかる合意書に署名押印することを拒否した。

本件降格の内容

Y社は、令和4年1月1日付で、降格となる旨通知した(本件降格)。

降格前後の条件は下表のとおりである。

Y社が定める降格規程

Y社は降格に関し以下の定めを置いている。

【管理職の降給に関する規程】(本件規定)

第2条
職務または職務レベルの変更により、給与レンジが下方に位置する新職務に異動した場合は降給を実施することがある。その場合、新給与は、新職務に対応する給与レンジ内で決定する。
【「Base Pay(基本給)」と題する資料】(本件資料1)

管理職から非管理職に職務変更があった場合の月額基本給の変換式(変更前の月例基本給×12÷125%÷18)が記載されている。
【「Job Change 時給与変更ガイド」と題する資料】(本件資料2)

管理職から非管理職へ変更となる場合、時間外勤務またはみなし勤務の対象となり、残業手当またはみなし手当が支給されるので、基本給から残業・みなし手当相当額(基本給の25%を差し引き、基本給を12等分払いより月額基本給と賞与固定分に分けて支給するから、賞与固定分を月額基本給より割り戻すという旨、記載されている。

訴訟の内容

Xは、管理職から非管理職への降格に伴う賃金の減額が無効であると主張して、令和4年1月分から判決確定の日までの賃金減額分(月額41万3187円)の支払いを求めて提訴した。

本件の争点

本件の争点は、実際に支給されていた残業手当が残業代の支払として効力を有するかどうかである。

裁判所の判断

【賃金減額を伴う降格が有効となるための要件】
裁判所は、賃金減額を伴う降格が有効となるための要件として、「会社が労働条件である賃金を労働者に不利益に変更するには、会社と労働者との合意又は就業規則等の明確な根拠に基づいてなされることが必要と解するのが相当である。」との一般論を示した。

本件について

ア 本件規定について
裁判所は、本件規定には、職務や職務レベルの具体的内容、給与レンジの額、職務の異動の基準が定められていないため、本件規定のみを根拠に本件降格が有効であると認めることはできない旨判断した。

イ 本件資料1及び本件資料2が就業規則の一部として認められるか
裁判所は、本件資料1及び本件資料2は、内部文書であり、Y社の給与規程や降給規程には、本件資料1及び本件資料2への委任規定がなく、本件規定が「給与レンジ内で決定する」とされているにもかかわらず、本件資料1及び本件資料2では、単一の「変換式」によるとされており、本件規定と本件資料1及び本件資料2の内容が整合しないことから、本件資料1及び本件資料2は、就業規則の一部であると認めることはできないと判断した。

ウ その他の理由
上記のほか、本件資料1及び本件資料2に定める変換式に当てはめて計算すると原告の想定年収は、952万7616円となり、本件降格は、この額を超えて減額するものであることから、いずれにしても、本件降格による賃金減額が有効であると認めることはできないと判断した。

結論

裁判所は、本件降格は、就業規則の根拠に基づいてされたものと認めることはできず、本件降格による賃金減額は有効であると認められないと判断した。

本件のポイント

裁判所が示すように、使用者が、賃金減額を伴う降格処分を行うためには給与規程や降格規程等の就業規則の根拠が必要となります。

本件のように、就業規則には抽象的な規定のみを定め、具体的な降格の要件、降給額の基準、降給の幅等について内部基準で定める場合は、委任規定の有無や就業規則との整合性、実際の運用が規定に沿っているかという点が問題となりますので、慎重に対応する必要があります。


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2024年7月5日号(vol.294)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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