扶養手当の廃止及び子ども手当等の新設が有効とされた事例~山口地裁令和5年5月24日判決(労働判例1293号5頁)~弁護士:五十嵐亮

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

被告(Y法人)は、医療機関等の経営を目的とした社会福祉法人であり、山口県内にA病院が設置されている。

原告ら(Xら)は、A病院に勤務する作業療法士、臨床検査技師等である。

給与規程の変更

A病院では、令和2年10月1日、給与規程を変更して扶養手当を廃止し、子ども手当、保育手当及び病児保育手当を新設した(本件変更)。

なお、本件では、住宅手当制度変更についても問題となっているが紙面の都合により割愛する。

本件変更の目的

A病院では、令和2年4月1日施行のパートタイム・有期雇用労働法により、正規・非正規間の不合理な待遇差の是正をする必要があったところ、扶養手当については、目的が不明確であり、時代のニーズを勘案した納得性の高い変更をする必要があった。

A病院の経営状況は、現状黒字であるが、収入は右肩下がりである一方、費用総額に占める人件費率は右肩上がりであり、変更の結果、変更前の人件費総額を超えないようにするため、本件変更を決定するに至った。

訴訟の内容

Xらは、本件変更により、毎月の給与額が、1,620円~9,000円減少になるため、かかる不利益変更は合理性がなく、労働契約法9条及び10条※1に基づき違法無効であると主張して、変更前と変更後の差額分を請求する訴訟を提起した。

本件の争点

本件の争点は、主に本件変更の合理性の有無である。

裁判所の判断

就業規則の変更の合理性の有無に関する判断枠組み

裁判所は、就業規則の変更に合理性があるかどうかについては、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉状況等の事情に照らして判断されるべきとして、労働契約法10条に規定されている一般論を述べた。

不利益の程度

裁判所は、A病院の人件費総額に占める減額率は、約0.2%であり、手当が減少した正規職員は196名で減少額の平均は約8,965円であり、不利益の程度が大きいとはいえないとした。

変更の必要性及び内容の相当性

裁判所は、以下の事実を認定したうえで、家族像が多様化する中、男性職員にしか支給されていない配偶者の扶養手当等を再構築するため、扶養手当を廃止し、子ども手当等を拡充・新設することは、A病院の職員の多数を占める女性の就労促進という目的に沿うものであり、必要性・相当性が認められると判断した。

・長期的な経営の観点から、人件費増加抑制に配慮しつつ持続可能な範囲内での手当の組換えを検討する必要性があった
・A病院では女性職員率が70%を超えている
・配偶者の扶養手当を受給している者は男性のみで、全職員の約6%(約40名)であり、配偶者以外の扶養手当を受給するものは、3名のみであった

結論

裁判所は、本件変更には合理性が認められるとして、原告らの請求を棄却した。

本件のポイント

本件のように、子育て支援強化や働き方の多様化の流れに沿って、各種手当の見直しを検討している企業も多いのではないかと思います。

給与規程を変更して手当を廃止する場合には、就業規則の不利益変更となります。

各労働者の同意が得られない場合には、本件のように合理性の有無が問題となるため、慎重に対応する必要があります。

※1 就業規則による労働契約の内容の変更

第9 条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2024年5月5日号(vol.292)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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