不当労働行為に対する救済命令の適法性が争われた事例~最高裁令和4年3月18日判決(労働判例1264号20頁)~弁護士:五十嵐 亮

事案の概要
当事者
本件は、国立大学を開設する国立大学法人であるX法人が、不当労働行為に該当するとして救済命令を発した山形県労働委員会に対し、救済命令が違法であるとして、取消訴訟を提起したものである。
団体交渉の内容
X法人は、平成2 4 年度の人事院勧告に従い、55歳を超えた国家公務員について、平成26年1月1日から昇給が停止又は抑制されることにならって、X法人に勤務する教職員のうち55歳を超える者について、平成26年1月1日から昇給を抑制することとした。
平成25年11月12日及び同年12月3日、X法人は、労働組合と団体交渉を行い、団体交渉の結果、昇給の抑制の実施を1年間遅らせ、平成27年1月1日から実施することとした。
平成26年12月19日、再度、労働組合と団体交渉を行い、労働組合の同意を得ることができなかったが、平成27年1月1日から教職員の昇給抑制を実施した。
救済命令の申立て

平成27年6月22日、労働組合は、X法人が、団体交渉において、教職員の昇給抑制の必要性を全く説明せず、同じ回答に終始したことが不当労働行為であるとして、山形県労働委員会に対し、救済命令の申立てを行った。
これに対して、山形県労働委員会は、X法人に対し、誠実に団体交渉に応ずべき旨及び不当労働行為であると認定されたことを記載した文書の啓示をすべき旨を命ずる救済命令を発した(以下「本件命令」)。
Xの請求内容
X法人は、本件命令が不服であるとして、本件命令の取消しを求めて提訴したものである。
本件の争点
本件の争点は、山形県労働委員会が発令した救済命令の内容の適法性である。
裁判所の判断
山形地裁及び仙台高裁の判断
山形地裁は、団体交渉は労使間の合意を達成することを主たる目的として交渉を行うことであるにもかかわらず、本件における交渉事項に関する規定の改正はすでに施行されており、改めて合意を達成することはあり得ないことから、本件命令の内容はX法人に不可能を強いるものであり、労働委員会の裁量権の範囲を超えるものであって、違法であるとして、取消しを認めた。
仙台高裁も、山形地裁と同様に本件命令の取消しを認めた。
最高裁の判断

最高裁は、団体交渉に関する事項に関して合意の成立する見込みがない場合であっても、「その後誠実に団体交渉に応ずるに至れば、労働組合は当該団体交渉に関して使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができるようになるとともに、組合活動一般についても労働組合の交渉力の回復や労使間のコミュニケーションの正常化が図られるから、誠実交渉命令を発することは、不当労働行為によって発生した侵害状態を除去、是正し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図ることに資するものというべきである」と判示した上で、合意が成立する見込みがない場合であっても、労働委員会は、誠実交渉命令を発することができると判断した。
結論として、控訴審の判決は違法であるとして、控訴審の判決を破棄し、更に審理を尽くさせるために控訴審に差し戻した。
本件のポイント
本件は、団体交渉において合意の成立する見込みのない場合に、労働委員会が誠実交渉命令を発令したことに対し、そのような誠実交渉命令の発令が適法なのかどうかが問題となったものです。
この点について、山形地裁及び仙台高裁は、「合意が成立する見込みがない」という点を重視したのに対し、最高裁は、労働委員会の救済命令に「組合活動一般についても労働組合の交渉力の回復や労使間のコミュニケーションの正常化が図られる」という点を重視したものです。
本件のように、労使間の合意が成立する見込みがない場合であっても、具体的な根拠を示さずに同じ回答を繰り返したり、必要な資料の開示をしない等の対応をしたりした場合、不当労働行為として労働委員会に対し救済命令の申立てをされる恐れがありますので、団体交渉の際には慎重に対応する必要があります。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2022年8月5日号(vol.271)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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