2022.3.11

定年後再雇用時の賃金減額が違法とされた事例~名古屋地裁令和2年10月28日判決(労働判例1233号5頁)~弁護士:五十嵐 亮

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

被告となったY社は、自動車学校の経営を目的とした株式会社である。

原告となったXは、昭和51年に正社員としてY社に入社し、自動車教習指導員として勤務していた者である。

Xの定年退職と再雇用

Xは、平成25年7月12日、満60歳となったため正社員を定年退職し、翌7月13日、契約期間を1年とした嘱託職員とする有期労働契約を締結した。

Xの定年退職後の業務内容は、自動車教習指導員であり、定年退職前と何ら変更はなかった。

Xは、Y社に入社して以来一貫して自動車教習指導員として勤務し、配置転換をされたことはなかった。

定年退職後も配置転換をすることはないとの契約内容であった。

定年退職前と定年退職後の給与

Xの定年前と定年後の基本給及び賞与の額は下の表のとおりであり、年収で比較すると定年退職後の年収は、定年退職前の56%程度であった。

Xの請求内容

原告は、業務内容が全く変わっていないにもかかわらず、定年退職の後の基本給及び賞与が大幅に減額されたことは、いわゆる「同一労働同一賃金」を定める労働契約法20条に違反し、不合理な差異であって違法であるとして、差額分の給与を請求した。

裁判所の判断

労働契約法20条違反の有無についての判断基準について

判所は、労働契約法20条の規定のとおり、①業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならないとした。

基本給についての判断

裁判所は、基本給の減額につき、以下のとおりの理由を述べたうえで、18万1640円(正社員定年時の基本給)の60%(=10万8984円)を下回る部分が不合理であって違法であると判断した。

●定年退職の前後において業務内容(①)及び配置変更の範囲(②)に相違がない

●基本給は定年退職時と比較して45%以下に減額している

●定年後嘱託の基本給の水準は、Y社内の勤続年数5年未満の正職員の基本給の平均額をも下回っていた

賞与について

裁判所は、賞与の減額につき、以下のとおりの理由を述べたうえで、正社員定年時の基本給の60%の金額(=10万8984)に掛け率を乗じた金額を下回る限度で不合理であって違法であると判断した。

●定年退職の前後において業務内容(①)及び配置変更の範囲(②)に相違がない

●定年後嘱託の賞与額の水準は、定年前の基本給の60%の金額を正職員の賞与の算定方法に当てはめて算定した金額を大きく下回る

判断のポイント

本判決は、定年後嘱託職員に対する基本給及び賞与について、業務内容や配置変更の範囲に相違がないにもかかわらず減額した事案について、改正前の労働契約法20条に違反するとしたものです。

本判決は、基本給につき「60%を下回る部分が違法」であるとしていることから、「60%」というボーダーラインを示したようにも読めますが、業務内容が全く変わらないのに、安易に給与のみを減額することは慎重となるべきでしょう。

定年退職嘱託職員の給与水準は、当該企業において定年後の職員をどのように活用するのかという方針を確定したうえで、その業務内容や就労時間に応じて決定することが望ましいといえます。

※労働契約法第20条は、働き方改革関連法(平成30年7月公布)により、パートタイム・有期雇用労働法第8条に統合された。


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2022年1月5日号(vol.264)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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