2021.8.12

無期転換社員に対し正社員就業規則が適用されるか ~大阪地裁令和2年11月25日判決~(弁護士:五十嵐 亮)

 

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

被告であるY社は、一般貨物自動車運送事業等を営む株式会社である。

原告であるXは、平成20年10月に、Y社と有期労働契約を締結し、トラック運転手として配送業務に従事していた者である。

 

Xの無期労働契約への転換

Xは、Y社に対し、平成30年4月1日、被告に対し、労働契約法18条1項に基づき、Xの有期労働契約の期間が満了する平成30年9月30日の翌日である10月1日を始期とする無期労働契約の締結(無期転換)の申し込みを行い、Y社はこれを承諾した。

これにより、平成30年4月1日付けで、XとY社との間に平成30年10月1日を始期とする無期労働契約が成立した。

 

無期パート雇用契約書の締結

Xは、平成30年11月2日、Y社との間で、「無期転換後の労働条件について契約社員就業規則による」旨の記載のある無期パート雇用契約書を締結した。

 

団体交渉での協議の経過

Y社は、従前より、労働組合との間で、正社員と有期契約社員との労働条件の格差について団体交渉を行っていた。

労働組合は、Xが無期転換となる前から、無期転換後の無期契約社員は正社員となり、正社員就業規則が適用されるべきとの意見を述べていたが、Y社は、「正社
員就業規則が適用になるとは考えていない」旨回答していた。

 

Xの請求内容

Xは、無期転換後の労働条件について、正社員就業規則が適用されるべきと主張し、正社員就業規則に基づく権利を有する地位にあることの確認を求め、Y社を提訴した。

 

本件の争点

本件の争点は、主に

① 無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則による合意の有無
② 無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則が労働契約法18条1項第2文※1の「別段の定め」に当たるか(いわゆる「同一労働同一賃金」に違反する場合に正社員就業規則が適用されるか)

の2点である。

 

裁判所の判断

争点①について

裁判所は、以下のとおりの理由を示し、無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則によるとの合意はなかったと判断した。

・Y社は、一貫して無期転換後の無期契約社員が正社員になるとは考えておらず、正社員就業規則が適用されることはない旨回答している

 

・かえって、XはY社の回答を認識したうえで、「無期転換後の労働条件は契約社員就業規則による」旨が明記された無期パート雇用契約書に署名押印していることから、無期転換後も契約社員就業規則が適用されることについて明示の合意があるというべき

 

争点②について

裁判所は、以下のとおりの理由を示し、無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則は、労働契約法18条1項第2文※2の「別段の定め」に当たらないと判断した。

 

・XとY社は、無期パート雇用契約書に署名押印していることから、無期転換後も契約社員就業規則が適用されることについて明示の合意がある

・無期転換後の無期契約社員と正社員との労働条件の相違が両者の就業実態と均衡を欠き、いわゆる同一労働同一賃金に関する各規定に違反する場合であったとしても、正社員就業規則全体が適用されることになると解することはできない

 

本件のポイント

現実に無期転換が発生するようになったのが平成30年4月以後ですが、最近になって徐々に無期転換に関する問題点が顕在化し、無期転換ルールに関する裁判例もみられるようになってきました。

 

労働契約法18条によると、無期転換後の労働条件は、原則として、無期転換前と同一となり、「別段の定め」がある場合にはそれによることになります。

 

本件では、無期転換前に団体交渉をしていたとはいえ、無期パート契約書には、契約社員就業規則が適用される旨記載があるため、正社員就業規則が適用されるということにはならないと思われ、裁判所の判断はごく自然であると思います。

 

実務上は、無期転換社員に対してどのような仕事を担ってもらうかによって労働条件も変わってくると思います。

各社ごとに無期転換社員の活用方法を検討したうえで、「別段の定め」を設定するかどうか検討する必要があるでしょう。

 

______________

※1、2

【労働契約法第18条 第1項】
同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。

 

 

<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2021年6月5日号(vol.257)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

 

 

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