2021.5.17
定年後有期雇用を2回更新した労働者に対する更新拒否を違法とした事例 ~福岡地裁令和2年3月19日判決~(弁護士:五十嵐亮)
事案の概要
当事者
被告であるY社は、スクラップ処理機械の製造、販売、メンテナンスを主たる業務とする株式会社である。
原告であるXは、平成24年7月に正社員としてY社に入社し、事務職(社長補佐)として勤務し、平成27年9月に満60歳に達し、Y社を定年退職した後、有期雇用契約(定年後再雇用)を締結したものである。
定年後再雇用の契約内容と更新状況
定年後再雇用の際の契約内容は以下のとおりである。
雇用期間 | 平成27年9月21日から平成28年3月20日(6か月契約) 契約更新の場合は、当該契約の期限前までに話し合いのもと、更新をする |
勤務内容 | 製造部部長代理(統括部長兼務) |
給与 | 基本給 35万7000円 役職手当 6万0000円(時間外手当含む) 住宅手当 1万0000円 家族手当 1万0000円 |
XとY社は、かかる契約を2回更新したところ(2回目以降は1年契約)、3回目の契約時の役職は、営業部営業課課長(役職手当は3万円)であった。
契約更新拒否までの交渉状況
Y社は、Xに対し、平成30年2月5日、雇用契約満了通知書を交付し契約を更新しない旨通知(「更新しない理由:業績不振」と記載)した。
その後、Xはユニオンに加入し、Y社と団体交渉を行い、Xは、月額にして約2割の減額を受け入れる旨提案した。
これに対し、Y社は、サービス課事務員及び倉庫係として月額19万5000円(その他手当は規程通り)との条件を再提案したが、Xがこれを拒否したため交渉は決裂した。
契約が更新されないまま雇用期間の最終日(平成30年3月20日)が経過した(以下「本件更新拒否」という)。
Xの請求内容
Xは、本件更新拒否は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認めらないことから、本件更新拒否は、労働契約法19条(※1)に違反するとして提訴した。
本件の争点
本件の争点は、①本件において更新の期待が認められるか(労働契約法19条2号に該当するか)、②本件更新拒否に客観的合理的理由及び社会的相当性が認められるかという点である。
(※1)
第19条
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 (省略)
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
裁判所の判断
争点①について
裁判所は、以下に記載した理由を述べた上で、結論として、本件では65歳までの契約更新の期待が認められるとして、労働契約法19条2号に該当すると判断した。
・Y社の嘱託規程では、健康等の問題がなく、懲戒処分を受けたなどの事情もなければ、満65歳まで更新するとされている
・更新時期である毎年3月に、更新するか否かを協議していたという実態はなく、契約更新の契機がさほど重要視されていなかった
・Y社の担当者が原告を採用する際に、問題がなければ65歳まで働き続けられる旨告げるなどしていた
争点②について
裁判所は、Y社の業績不振による人件費削減の必要性を認めたが、以下に記載した理由を述べた上で、本件更新拒否は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことから、本件更新拒否は、労働契約法19条に違反すると判断した。
・Y社の提示額が当時の具体的状況においてやむを得ないものであるという根拠を具体的に検討していない
・Xの元々の賃金額は比較的高額であったが、Y社の提示額がXの勤務能力等を踏まえたものであるという根拠がない
・Y社が対案として提示した「サービス課事務員及び倉庫係」は本件の交渉のために新設した部署であるが 、このような部署が必要であった合理的根拠が認められない
本件のポイント
有期雇用契約を更新するか否かについては、原則として自由ですが、何度も更新してきたケースや更新することが慣例的になっていたケースなどのように、契約が「更新されるものと期待することについて合理的な理由」がある場合には、更新拒否をするためには、「客観的に合理的な理由及び社会通念上相当性」がない限り、更新拒否が違法となります(労働契約法19条)。
本件の裁判例では、このような更新拒否に対する規制が、定年後再雇用の場合には当てはまるものと判断されていますので、定年後再雇用の運用の際には注意が必要です。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2021年3月5日号(vol.254)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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