2019.9.6
定年後再雇用時の賃金減額は適法か?東京地裁平成30年11月21日判決~定年後再雇用時の賃金額が定年退職時の約半分程度になっていた事案~
事案の概要
会社の概要
被告となったY社は、不動産の賃貸、ホテル、旅館及び観光施設の経営等を目的とした株式会社である。
都内を中心に複数のホテルを経営している。個々のホテルには、常務取締役総支配人、副総支配人が配置され、その下にそれぞれ総料理長、飲料課支配人、営業課支配人、宿泊課支配人、総務課支配人が配置されていた。
営業課支配人の下には、マネージャー3名、一般従業員が配置されていた。
経緯
原告の請求内容
原告は、定年退職の後の給与月額が、定年前に比して、50%~54%(高齢者雇用継続基本給付金を考慮すると約63%)程度になったことから、かかる差異は、労働契約法20条に違反し、違法であるとして、約3年間の差額の総額688万344円を請求した。
第二十条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
裁判所の判断
業務の内容・責任の程度に差異はあるか
裁判所は、以下の事実を認定し、業務内容は大きく異なっていたと判断した。
・Xは、役職定年後は、担当支配人の肩書で、営業活動業務の他、管理職不在の際に宴会の計画を承認する業務やクレーム対応の業務に従事していたのに対し、定年退職後は、肩書が外れ、営業活動業務のみに従事した。
・平成27年におけるXの定年退職後の毎月の労働時間と一般職の正社員の月平均労働時間を比べると、Xの方が、11時間から22時間程度短くなっていた。
・一般の正社員は、宴会への立会い業務を減らして営業活動に充てていたのに対し、Xは立会い業務を減らして時間外労働を削減し、帰宅していた。
・定年退職した後も営業活動業務の売上目標に変更はなかったが、目標達成できなかった場合に課される人事上の不利益は、定年退職前に比して緩和されていた。
配置変更の範囲に差異はあるか
裁判所は、以下の事実を認定し、配置変更の運用に差異があると認めた。
・正社員の就業規則には、「業務上必要があるときは、転勤もしくは配置換えを命ずることがある」との定めがあり、嘱託社員就業規則にも、同様の定めがあった。
・実際の運用としては、過去9年間に、正社員は38人の事業所間の異動があったが、嘱託社員については、事業所間の異動はなかった。
その他の事情
裁判所は、その他考慮すべき事情として以下の点を指摘した。
・役職定年の前後で、その業務や責任が大幅に軽減していることと比較してみた場合、給与の減少幅は、14パーセント減と比較的小さいことから、そもそも役職定年後の給与額が激減緩和措置として職務内容に比較して高額に設定されているとみることができる。
・Y社の正社員の賃金制度は、継続雇用への期待の下で、年功的性格を有し、将来的に役職に就くことを予定したものであるのに対し、嘱託職員の賃金制度は、そのような考慮はされていない。
結論
裁判所は、上記のとおり、Y社では、定年退職の前後で、業務内容・責任の程度が大きく異なるとし、配置変更の範囲にも差異があることなどから、賃金の差異は、不合理であると認めることはできないとした。
判断のポイント
本判決は、いわゆる「同一労働同一賃金」の問題として話題になった長澤運輸事件最高裁判決後の判決です。
定年退職後の賃金の減額幅が最大約50%となった事案でしたが、結論としては、賃金の差異は不合理とは認められないとしました。
裁判所は、減額幅が大きくなった要因として、Y社では、55歳役職定年後定年退職までの賃金減額幅が抑制されており、そもそも定年退職前の賃金額がその職務内容に比して高額となっているという事情を指摘しており、特徴的な判断といえます。
裁判所は、業務内容や配置転換の範囲等の差異については、実際の労働実態や運用を相当細かく検討しており、今後の実務の参考になると思われます。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2019年7月5日号(vol.234)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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