2020.9.16
内部通報に伴う内部資料の持ち出し行為に対する懲戒処分を違法とした事例 ~京都地裁 令和元年8月8日判決~(弁護士:五十嵐亮)
事案の概要
当事者
原告であるXは、平成9年4月に事務職員としてY市に採用され、平成24年4月から、Y市児童相談所に配属された者である。
被告であるY市は、地方自治体であり、Y市児童相談所を設置していた。
内部通報及び懲戒処分に至る経緯
ア)
Xは、平成26年秋頃から、勤務時間中に、職場の業務用パソコンから、Y市児童相談所において児童情報管理システムにアクセスし、児童の個人情報が記載された処遇情報データを閲覧するなどした(以下、「対象行為①」という)。
原告は、かかる閲覧を通じて、Y市児童相談所が平成26年8月に児童の母親から「社会福祉法人A園の施設長が児童に対して性的な行為をしようとしていた」旨の電話相談を受けていたことを知るに至った(以下「本件電話相談」という)。
イ)
母親は、平成26年12月にY市児童相談所を訪れ、「児童がA園の施設長から性的な行為をされたと言っている」旨の相談を受けた。
その後、Y市児童相談所は、母親からの相談内容を児童虐待通告として受理し、Y市保健福祉局に対し、児童虐待事案として報告した(以下「本件報告」という)。
ウ)
Xは、平成26年8月に本件電話相談を受けていたにもかかわらず、Y市児童相談所が平成26年12月になって初めて動き出したことに不信感を持った。
そのため、Xは、平成27年3月、Y市の公益通報窓口であるB弁護士に対し、電子メールで、本件報告について「Y市児童相談所の不作為を隠ぺいするような情報の取捨選択が行われている可能性が高い。平成26年8月末に情報が寄せられていたにもかかわらず、『平成26年12月に発覚』と報告されていると思われる。」などの通報を行った。
エ)
その後、Xは、平成27年11月までの間に、職場の業務用パソコンから、児童情報管理システムにアクセスし、本件電話相談の内容を含む文書片面1ページを出力し、出力した文書を複数枚コピーした上、その1枚をB弁護士に提出した。
また、Xは、他の1枚を自宅に持ち出して保管し、その後、返却を求められたが自宅のシュレッダーで廃棄した(以下「対象行為②」という)。
オ)
Y市長は、平成27年12月、Xに対し、対象行為①及び対象行為②について、地方公務員法29条1項各号の懲戒事由に該当するとして、3日間の停職とする懲戒処分をした(以下「本件懲戒処分」という)。
Xの請求内容
Xは、本件懲戒処分は違法であると主張して、Y市を提訴した。
裁判所の判断
対象行為①の懲戒事由該当性について
まず、Y市の情報管理システムについて次のとおり認定した。
・Y市において、担当外の児童の情報を閲覧することを禁止する指導はなされておらず、根拠規定も存在しなかった
・「児童情報管理システム」内では、担当者のみが知り得ないパスワード設定などの措置もとられていなかった
次に、Xが、対象行為①を行った動機目的について、児童相談所職員としての職務上の関心に起因しており、直ちに非難されるべきものではないとした。
そして、Xが対象行為①を行った時間は長時間にわたり、閲覧頻度も相当程度の回数であったが、Xの担当児童への対応がおろそかになったことはなく、かえって、Xの当年の人事評価は優良な評価であったことからすれば、Xの担当業務に支障があったとは認められないとした。
以上から、裁判所は、対象行為①について、懲戒事由に該当しないと判断した。
対象行為②の懲戒事由該当性について
まず、非公開情報を自宅に持ち出すことは、Y市の文書管理基準に違反し、文書を自宅で廃棄した行為もY市の文書管理基準に違反する行為であると認定した。
また、既にB弁護士に同じ文書のコピーを提供しているため、敢えてセキュリティの完備されていない自宅で保管する必要性はあったとは言い難いとした。
以上から、裁判所は、対象行為②について、懲戒事由に該当すると判断した。
本件懲戒処分の相当性について
裁判所は、対象行為②が懲戒事由に該当すると判断しつつも、以下の事情を考慮し、停職3日の懲戒処分は重きに失するとして、本件懲戒処分は違法と判断した。
・対象行為②は、内部通報を行うことを目的としてなされたものであり、強く非難されるものではない
・自宅に持ち帰った情報が外部に流出した事実は認められない
・Xは廃棄行為については素直に認め一定の反省が見て取れる
・Xに懲戒歴はなく、人事評価は良好である
・過去の懲戒事例(非公開情報をインターネットを経由して外部に漏えいさせた職員が停職10日の懲戒処分を受けている)と比べると本件は情報が外部に流出しておらず、停職3日は重きに失する
本件のポイント
本件は、内部通報に伴う非公開情報の自宅への持ち出し及び廃棄に対する懲戒処分について問題となりました。
公務員の事案ではありますが、民間における過去の同種の裁判例と概ね同様の判断であり、参考になると思われます。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2020年7月5日号(vol.245)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
関連する記事はこちら
- 障害者雇用の職員に対する安全配慮義務違反が認められた事例~奈良地裁葛城支部令和4年7月15日判決(労働判例1305号47頁)~(弁護士 五十嵐 亮)
- 契約期間の記載のない求人と無期雇用契約の成否~東京高等裁判所令和5年3月23日判決 (労働判例1306号52頁)~(弁護士 薄田 真司)
- 非管理職への降格に伴う賃金減額が無効とされた事例~東京地裁令和5年6 月9日判決(労働判例1306 号42 頁)~(弁護士:五十嵐亮)
- 売上の10%を残業手当とする賃金規定の適法性~札幌地方裁判所令和5年3月31日判決(労働判例1302号5頁)~弁護士:薄田真司
- 扶養手当の廃止及び子ども手当等の新設が有効とされた事例~山口地裁令和5年5月24日判決(労働判例1293号5頁)~弁護士:五十嵐亮
- 死亡退職の場合に支給日在籍要件の適用を認めなかった事例~松山地方裁判所判決令和4年11月2日(労働判例1294号53頁)~弁護士:薄田真司
- 育休復帰後の配置転換が違法とされた事例~東京高裁令和5年4月27日判決(労働判例1292号40頁)~弁護士:五十嵐亮
- 業務上横領の証拠がない!証拠の集め方とその後の対応における注意点
- 海外での社外研修費用返還請求が認められた事例~東京地裁令和4年4月20日判決(労働判例1295号73頁)~弁護士:薄田真司
- 問題社員・モンスター社員を辞めさせる方法は?対処法と解雇の法的リスクについて