2020.3.31
定額残業代の合意を有効と判断した事例 ~東京高裁平成31年3月28日判決~
事案の概要
当事者
原告となったXは、平成24年8月より、Y社(結 婚式場を運営する株式会社)において、正社員として雇用され、ウエディングプランナーに従事していた。
Xは、プランナーとして、顧客(新郎新婦)の担当者として、担当する結婚式のある日に会場で式に立ち会ったり、担当する結婚式のない日に事務所で準備等をしたりしていた。
Xの雇用契約書の内容
<月額賃金>
・基本給・・・15万円
・職能手当・・・9万4,000円
・通勤手当・・・6,000円
<割増賃金>
職能手当は、時間外割増、深夜割増、休日出勤割増として予め支給する手当です。
法定割増の計算によって支給額を超え差額が発生する場合は、法令の定めるところにより差額を別途支給する。
給与規程の内容
【職能給】
16条 職能給とは、社員個人の職務遂行能力を考慮して加算される時間外割増、休日割増、深夜割増として支給する手当である。
【定額残業制導入の趣旨】(19条)
職能給は時間外割増、休日割増もしくは深夜割増の前払いとして支給する手当である。
Xの請求内容
Xは、雇用契約書の記載やY社給与規程の定めによれば、職能手当が毎月何時間分の残業手当に相当するか不明であり明確性がないことを理由として、XとY社における定額残業代の合意は無効であると主張した。
その上で、Xは、残業代の計算に当たり、基礎賃金(月額)は、基本給(15万円)と職能手当(9万 4,000円)の合計24万4,000円であるとして計算した未払い残業代を請求した。
裁判所の判断
Y社との定額残業代の合意は有効か
東京高裁は、定額残業代の合意が有効となるためには、通常の労働時間の合意に当たる部分 (基本給部分)と時間外・休日・深夜の割増賃金に当たる部分(残業代部分)とを判別することができるものであることが必要とした。
そして、以下の点を考慮して、基本給部分と残業代部分を判別可能と判断した。
- ・Y社は、「職能手当」について、雇用契約書でも給与規程でも「時間外割増、休日割増、深夜割増として支給する手当」として定めていた。
- ・職能手当とは別途、結婚式担当や2次会の予約を獲得したことに対するインセンティブ報酬を支給していた。
月45時間分を超える残業代の定めは有効か
Xは、職能手当(9万4,000円)は、約87時間分 (9万4,000円/863円×1.25)の時間外労働の対価相当額となるところ、月45時間を超える残業を想定するような定額残業代の合意は無効であると主張した。
これに対し、東京高裁は、Y社における定額残業代の合意は、9万4,000円を超えない限り、残業代を定額にするという合意をしたに過ぎず、必ずしも約87時間分の残業を義務付けるものではないとして、有効と判断した。
結論
東京高裁は、Y社の定額残業代の合意が有効であることを前提として、残業代計算に際しての基礎賃金(月額)は、基本給(15万円)と職能手当(9万4,000円)の合計24万4,000円ではなく、基本給(15万円)のみであると判断した。
本件のポイント
判別性基準
定額残業代の有効性をめぐっては、3つの最高裁判決が出されています。
最高裁は、定額残業代が有効であるためには、
- ①法所定の通常賃金部分と割増賃金部分が 判別できること(判別性基準)。
- ②そのうえで、割増賃金に当たる部分の金額が、労基法に従って計算された残業代の額以上であること(金額適格性)。
という2つの要件が必要であるとしています。
本件では、主に①の要件が問題となりましたが、 前記のとおり判別性基準はクリアしているとの判断でした。
東京高裁は、Y社が固定残業代であると位置づけていた「職能手当」の他にインセンティブを支払っていたことを指摘しています。
仮に、Y社が「職能手当」を算出するに当たって、インセンティブの要素を加味していたとしたら、Y社における「職能手当」の性質が、残業代なのか、インセンティブなのか線引きが困難となり、判別性基準を満たさなくなる可能性があります。
月45時間分を超える定額残業代の設定
本件では、Xから、月45時間分を超える定額残業代を設定することは、長時間労働を助長することになるとして無効であるとの主張がされました。
実際に、この点を理由として定額残業代の合意を無効と判断した裁判例もありますが、本件では、 定額残業代の定めがあるからといって長時間労働を義務付けるわけではないことなどを理由に、有効と判断している点が注目されます。
さいごに
定額残業代は、誤解が生じやすく、トラブルになりやすい制度です。
契約書や就業規則等できちんと取り決めをしていないと、後々違法・無効とされるリスクがありますので、是非一度ご相談ください。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2020年1月5日号(vol.240)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
関連する記事はこちら
- 懲戒解雇と退職金請求の可否~東京地方裁判所令和5年12月19日判決(労働判例1311号46頁)~(弁護士 薄田 真司)
- 障害者雇用の職員に対する安全配慮義務違反が認められた事例~奈良地裁葛城支部令和4年7月15日判決(労働判例1305号47頁)~(弁護士 五十嵐 亮)
- 契約期間の記載のない求人と無期雇用契約の成否~東京高等裁判所令和5年3月23日判決 (労働判例1306号52頁)~(弁護士 薄田 真司)
- 非管理職への降格に伴う賃金減額が無効とされた事例~東京地裁令和5年6 月9日判決(労働判例1306 号42 頁)~(弁護士:五十嵐亮)
- 売上の10%を残業手当とする賃金規定の適法性~札幌地方裁判所令和5年3月31日判決(労働判例1302号5頁)~弁護士:薄田真司
- 扶養手当の廃止及び子ども手当等の新設が有効とされた事例~山口地裁令和5年5月24日判決(労働判例1293号5頁)~弁護士:五十嵐亮
- 死亡退職の場合に支給日在籍要件の適用を認めなかった事例~松山地方裁判所判決令和4年11月2日(労働判例1294号53頁)~弁護士:薄田真司
- 育休復帰後の配置転換が違法とされた事例~東京高裁令和5年4月27日判決(労働判例1292号40頁)~弁護士:五十嵐亮
- 業務上横領の証拠がない!証拠の集め方とその後の対応における注意点
- 海外での社外研修費用返還請求が認められた事例~東京地裁令和4年4月20日判決(労働判例1295号73頁)~弁護士:薄田真司