2019.11.6
外国人労働者に対して 就業規則の写しの交付を認めない取扱いは適法か?~東京地裁 平成30 年11 月2 日判決~
事案の概要
法人の概要
被告となったY法人は、学校教育法に従い学校教育を行うことを目的とし、外国語学校を設置、運営している学校法人である。
原告の請求内容
原告(X)は、英語の非常勤講師として有期雇用契約を締結していた者である。
Xは、米国出身で、母国語は英語である。Xは、Y法人に対し、雇用契約の内容を確認するため、就業規則の写しの交付を求めた。
しかしながら、Y法人は、「外部への流出のおそれ」を理由に就業規則の写しの交付は行わないとしつつ、閲覧及びメモを取ることは認め、必要があれば翻訳ができる補助従業員をつけると対応し、この対応で足りると主張した。
Xは、従業員が就業規則について必要十分な情報を取得できる方法を確保すべきであり、特に日本語の読み書きが不十分な者にとっては、労働条件を把握するために正確な就業規則の写しを検討することは不可欠であるから、Y法人の対応は、不法行為に当たると主張し、慰謝料50万円を請求した。
裁判所の判断
就業規則の写しの交付を請求する権利はあるか?
裁判所は、労働者が使用者に対して就業規則の写しの交付を請求する権利を規定した法令上の根拠はないとした上、就業規則の写しの交付をするかどうか、その方法については、使用者の裁量に委ねられているものと解するのが相当であると判断した。
外国人労働者に対し就業規則の写しを交付しなかったことは適法か?
本件でのY法人の対応が適法かという点については、裁判所は、以下の事実を認定し、総合的に考慮した上で、違法ではないと判断した。
・Y法人の労働契約書は詳細な内容であり、労働契約書の英語の翻訳文はXに交付されていた
・労働契約締結時には、校長が通訳を通じて契約内容を説明している
・日本語を読むことができない従業員に対して、就業規則の閲覧の際には通訳補助が用意されていた
「外部への流出のおそれ」を理由に就業規則の写しの交付を拒否することは適法か?
裁判所は、就業規則を重要な文書と位置付け、情報管理を十全化することは、使用者としての裁量を逸脱するものではないと判断した。
本件のポイント
就業規則の周知義務との関係
就業規則を作成した場合には、労働者に周知する義務があります。労働基準法106条及び同法施行規則52条の2は、
①常時各作業場へ掲示又は備え付けること
②書面を労働者に交付すること
③磁気テープ、磁気ディスクその他これに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること
のいずれかの方法により周知することを使用者に義務付けています(違反した場合には、30万円以下の罰金に処せられます)。
裁判所は、「就業規則の写しの交付をするかどうか、その方法については、使用者の裁量に委ねられている」と判断しましたが、このことの意味は、就業規則の周知方法は、上記の①~③のうちいずれかの方法が採られていれば足りるということを述べたものと考えられます。
そして、本件では、Y法人は、就業規則をいつでも閲覧できるように備え付けており、日本語の読み書きができないXのような外国人労働者が就業規則を閲覧するに際して、通訳補助を用意していたことから、Y法人の対応を違法ではないと判断したと考えられます。必ずしも、写しの交付が必須ではないということです。
もっとも、もしY法人が、外国人労働者に対してこのような配慮を何もしていなかったとしたら、違法とされた可能性があるでしょう。
外国人労働者を雇用する際に必要な対応は?
以上のように、本判決に照らしても、外国人労働者に対して、訳文を添付したり、通訳補助を用意したりすることによって、外国人労働者が、就業規則を理解できるように対応することが必要となります。
厚生労働省は、「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」において、外国人労働者との労働契約の締結に際し、賃金、労働時間等主要な労働条件について、当該外国人労働者が理解できるようその内容を明らかにした書面を交付することを求めています。
本件でも、X側からこの指針が主張されましたが、Y法人は、上記のとおり、就業規則の写しの交付はしなかったものの、労働契約書の翻訳文を交付していたことから、結果的には、Y法人の対応は適法とされました。
まとめ
本判決を踏まえると、以下の点に注意が必要です。
外国人を雇用する際には是非ご注意ください。
①就業規則の写しの交付は必ずしも必須ではないが、外国人労働者が就業規則の内容を理解できるような対応(訳文の閲覧、通訳補助の用意)が必要
②就業規則の写しの交付をしない場合であっても、労働条件の内容を明らかにした文書(訳文)の交付が必要
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2019年9月5日号(vol.236)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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