2022.6.2
過重業務や継続的なパワハラにより自死に至った事例~名古屋高裁令和3年9月16日判決~弁護士:五十嵐 亮
事案の概要
当事者
原告(X)は、亡くなったAの妻である。
Aは、平成2年にY社に入社し、CVJ(等速ジョイント)の組付け生産準備業務に従事していた。
被告(Y社)は、自動車の製造を目的とする株式会社である。
自死に至るまでの経緯
(1)新型プリウス関連業務
Aは、平成20年4月から、新型プリウスのCVJ(等速ジョイント)の組付けラインを自動化する業務に従事するようになった。
CVJ 組付けラインの大部分の自動化は、Y社にとって初めての試みであり、稼働率95%とすること、平成21年4月に量産を開始することが目標とされていた。
平成20年12月ころ、改造やトラブルの改善に時間がかかり、1か月半の遅れが生じていた。
そのため、上司からいつまでに何をやるかという対策・進捗状況の報告を頻繁に求められ、報告を提出した際に、これではだめだと大きな声で叱責を受けるようになった。
平成21年4月ころ、量産を開始したが、依然として稼働率の目標が達成できず、不具合が多発したため、大声での叱責も厳しさが増した。
Aは、上司から、少なくとも週に1回は「学生気分じゃないんだよ。こんなんじゃだめだ。遊びで仕事をするな。」などという叱責を受けていた。 平成21年6月ころ、CVJ組付けラインの自動化に一定の目途が立つようになった。
(2)中国関連業務
平成21年9月から、Aの担当業務が、中国のCVJ組付けラインに関する業務へ変更となった(就業場所は国内の本社)。
Aにとっては、初めての海外工場に関する業務であった。
Aが業務を引き継いだ時点で、5つある生産ラインのうち、ハイランダー等のCVJを生産するラインに緊急の対応が必要な不具合が生じていたが、この点について前任者から引継ぎはなされなかった。
Aは、中国の現地工場の担当者から、当時のY社の財務状況からして達成困難な要求をされ、他方で、Y社からは経費削減のために本社から専門家を派遣することなく、中国の現地工場主体で業務を進めるよう指示されるなど困難な課題が課せられ、板挟みの状態であった。
Aは、上司から、改善の進捗状況等について、執務室のあるフロアで大きな声で、2週に1回程度の頻度で叱責を受けた。
上司は、叱責をするのみで指導や提案をすることはなかった。
(3)継続的なパワハラ
Aは、平成20年12月ころから、週に1回ないし2週に1回程度の頻度で、上司に進捗報告をするたびに同じフロアの多くの従業員に聞こえるほどの大声で叱責を受けていた。
Aの自死
平成21年12月、Aは、メンタルクリニックを受診し、うつ病と診断された(後に愛知県労働局精神障害専門部会が調査したところによれば、平成21年10月中旬までにはうつ病を発症していたと考えられるとのことであった)。
Aは、うつ病との診断後も休職することなく業務を続けた。
平成22年1月ころ、Aは、いつもどおり家を出たが、Y社には「体調が悪いので休ませてほしい。」と電話して出社せず、連絡が取れなくなったため、警察に捜索願が出され、後日山中で自死していたところを発見された。
訴訟の内容
Xは、Aの自死は過重な業務とパワハラが原因であるとして豊田労働基準監督署に対し労災請求をしたが、不認定とされたため、不認定処分を取り消すために訴訟を提起した。
一審の名古屋地裁は、豊田労働基準監督署による不認定処分は妥当であるとしてXの請求を認めなかったことから、Xが控訴したものである。
本件の争点
本件の争点は、Aのうつ病発症・自死と過重業務・パワハラとの間に相当因果関係があるかという点である。
裁判所の判断
名古屋高裁は、Aは、新型プリウス関連業務や中国関連業務等の業務について、個々の業務を評価した場合には、心理的な負荷は「中」程度であると評価した。
他方、パワハラについては、個々の叱責自体の心理的負荷は「中」程度であると評価しつつも、平成20年末ころから、うつ病を発症するまで叱責が反復継続している状況は、心理的負荷が高まるとして、パワハラによる心理的負荷は「強」であると評価した。
結論として、かかる心理的負荷を総合的に考慮すると、過重業務・パワハラとうつ病発症・自死との間に相当因果関係があると判断した。
本件のポイント
本件は、社長が遺族に直接謝罪をしたとして話題になった件において、労災不認定処分の妥当性が争われた裁判です。
本判決は、明確に人格非難に当たるような言動は認定しませんでしたが、上司の叱責について、他の従業員の面前で、同じフロアの他の従業員が聞こえるほどの大声で、継続的に行っていたことを理由に、一連の叱責を一体とみて、心理的負担が「強」であると評価した点に特徴があります。
令和4年4月からパワハラ防止の措置等の対応をとることが中小企業に対しても義務化されますので、対応未了の場合には早期の対応が求められます。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2022年4月5日号(vol.267)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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