2022.5.9
音信不通等を理由とした退職扱いが違法とされた事例~東京地裁令和2年2月4日判決(労働判例1233号92頁)~弁護士:五十嵐 亮
事案の概要
当事者
原告(X)は、平成25年12月にY社に入社し、Y社が経営するデイサービスセンターにおいて、機能訓練指導員として就労していた。
被告(Y社)は、有料老人ホームの設置経営を目的とする株式会社である。
欠勤に至るまでの経緯
平成27年7月23日、Y社代表者は、Xに対し、①Xが無断でアルバイトをしたこと、②施設の女性利用者の家族が、Xが女性利用者に対してセクハラをしたとして刑事告訴を検討している旨指摘して、3日間謹慎するよう命じ、処分は追って決める旨告げた。
平成27年8月14日、Y社代表者は、Xに対し、担当業務を機能訓練指導員から介護職員に変更し、基本給を23万円から18万円に減額する旨の雇用契約書を提示したところ、Xはこの契約変更に応じた。
平成27年9月21日、Xは、デイサービスセンターの管理者から、①本件施設の女性利用者がXから体を触られたためデイサービスセンターの利用を止めたいと申し出ていること及び②デイサービスセンターの女性従業員もXから体を触られたと言っている旨を聞かされた。
Xは、これに対し、休憩時に椅子に座っていた際に、女性従業員に接触したかもしれない旨述べた。 Xは、平成27年9月22日以降、出勤しなくなった。
退職扱いに至るまでの経緯
Xは、Y社に対し、平成27年9月25日から9月28日まで、連日、休暇等届と題する書面をFAX送信するとともに、9月28日には、10月分の勤務表をFAX送信するよう求めた。
平成27年10月20日には、電子メールで、休職を申し出るなどしていた。
平成27年11月18日、Y社は、Xに対し、無断欠勤を続けたこと、再三の出勤命令に応じなかったことから、Y社就業規則50条6号(以下「本件退職条項」という)に基づいて10月6日をもって自己都合により退職したものとみなす旨の記載のある書面を送付した(以下「本件退職扱い」という)。
訴訟の内容
Xは、Y社に対し、本件退職扱いは無効であるとして、未払い賃金及び遅延損害金の請求等を求めて提訴したものである。
本件の争点
本件の争点は、本件退職扱いは有効か(原告が「行方不明となり、14日以上連絡が取れないとき」に該当するか)という点である。
裁判所の判断
結論
裁判所は、「行方不明となり、14日以上連絡が取れないとき」に該当せず、本件退職扱いは無効であると判断した。
理由
・本件退職条項の「行方不明となり、14日以上連絡が取れないとき」とは、従業員が所在不明となり、かつ、当該従業員に対して出勤命令や解雇等の通知や意思表示をする通常の手段が全くなくなったときを指すものと解するのが相当
・XはY社に対し、FAXや電子メールで連絡をしていることから、通知や意思表示をする手段が全くなくなったということはできない
本件のポイント
本件の事例を読むと、そもそもなぜ解雇しなかったのだろうという疑問がわいてきます。
おそらく、解雇をすると法的リスクが高いためよりリスクの少ない行方不明・音信不通による自然退職条項を用いたのではないかと推測されます。
自然退職条項は、行方不明・音信不通の従業員に対し、「通知」をしなくても退職の効果を発生させるものです。
解雇の場合には、解雇の通知が従業員に到達しないと解雇の効果が発生しません。
なので、自然退職条項がない場合に、音信不通の従業員を退職させるためには、簡易裁判所の「意思表示の公示送達」という手続きによって解雇通知を公示送達する必要があります。
このように、自然退職条項は、通知の手間を省いて従業員を退職扱いにできるというとても便利な条項である反面、濫用されるおそれもあることから、裁判所は、行方不明・音信不通の要件を厳格に解したものと考えられます。
実務上は、従業員の自宅、身元保証人の自宅を調査し、電話、郵便、メール等あらゆる居場所や連絡手段を調査し、行方不明・音信不通と言える場合に自然退職条項を使うことになりますので、注意が必要です。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2022年3月5日号(vol.266)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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