2019.2.1

ゴーン氏が保釈されない背景と今後の展開(弁護士:山岸泰洋)

 

引き続きカルロス・ゴーン氏の刑事事件の話題です。

 

前回は、ゴーン氏の起訴前の身柄拘束(逮捕・勾留)をめぐる東京地検特捜部と弁護団の熾烈な攻防戦について、解説しました。

1月11日、3つの事件について起訴が出揃ったことで、弁護団は「保釈」を請求したものの、同月15日、東京地裁はこれを却下したというところで、前回は筆を擱きました。

 

前回記事:ゴーン氏勾留延長の法律的な根拠を徹底解説!

 

その後、上記の却下決定につき、弁護団は不服申立て(準抗告)を行ったものの、同月17日、東京地裁はこれを棄却しました。

さらに、弁護団は、保釈の条件を変更するなどして、再度の保釈請求を行ったものの、同月22日、東京地裁はこれを却下しました。

この却下決定に対する準抗告も棄却されています。

1.そもそも「保釈」とは何か?

「保釈」とは、保証金(担保のようなもの)の納付や居住場所の制限などを条件として、勾留の効力を残しながらその執行を停止し、被告人の身柄拘束を解く制度、などと定義されます。

ごく簡単にいえば、起訴後・判決確定前で勾留中の被告人について、条件付きで暫定的に身柄拘束を中断するものです。

 

少しだけ刑事訴訟法の条文を見てみましょう。

 

第八十九条 保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。

一 被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。

二 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。

三 被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。

四 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

五 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏い怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。

六 被告人の氏名又は住居が分からないとき。

 

第九十条 裁判所は、保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか、身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。

 

第九十一条 勾留による拘禁が不当に長くなつたときは、裁判所は、第八十八条に規定する者の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消し、又は保釈を許さなければならない。

○2 第八十二条第三項の規定は、前項の請求についてこれを準用する。

 

89条は権利保釈(又は必要的保釈)、90条は裁量保釈(又は職権保釈)、91条は義務的保釈と呼ばれます。

91条の義務的保釈は少し特殊なので措いておくとして、89条によれば、1号から6号までに列挙された除外事由がない限り、裁判所は保釈請求を認容しなければならないとされ、90条によれば、上記除外事由がある場合でも、職権で保釈請求が認容される余地があることになります。

こうして見ると、刑事訴訟法の条文上は、わりと幅広く保釈を認める建付けになっていることがわかります。

 

しかしながら、実務の運用上は、被告人が罪状を否認している場合、裁判所が保釈請求を認容することはあまりありません。

この点、裁判所は被告人の証拠隠滅や逃亡のおそれを過大評価しているなどとの指摘があります。

いずれにせよ、日本の刑事訴訟手続が、被疑者・被告人の身柄を拘束して自白を迫る「人質司法」であるとの批判をしばしば受ける、一つの大きな要因となっています。

2.なぜゴーン氏は保釈されないのか?

ゴーン氏側の保釈請求が2度にわたり却下された理由については、非公開であるため必ずしも明らかではありませんが、報道によれば、関係者との口裏合わせなどにより証拠隠滅のおそれがあると判断されたようです。

 

これに対し、ゴーン氏側は、既に検察側が客観的証拠を押さえている以上、証拠隠滅の余地はないなどと反論しています。

もっとも、カリスマ経営者であったゴーン氏が関係者に対して有する事実上の影響力は、今なお無視できないものがあります。

東京地裁もそうした事情を考慮して、ゴーン氏が関係者に働きかけて自己に有利な口裏合わせをする可能性は払拭できないと判断したのかもしれません。

 

この点、ゴーン氏は、1月30日、勾留先の東京拘置所で日本経済新聞の取材に応じ、また、同月31日には、フランスのAFP通信及び仏紙レゼコーのインタビューに応じ、自らの行為の正当性を雄弁に主張しました。

このインタビュー内容は国内外のメディアに多数引用され、本件に対する世界的な関心の高さが示されるとともに、図らずも、その背後にあるゴーン氏の隠然たる影響力の大きさを印象付けた感があります。

その結果、ゴーン氏の保釈は今後さらにハードルが高くなったとの指摘も、一部でなされているところです。

 

ところで、ゴーン氏側は、2度目の保釈請求にあたっては、保釈条件について一定の譲歩をしたようです。

1度目の保釈請求では、保釈が認容された場合の居住場所としてフランス国内や日本のフランス大使公邸を希望していたのに対し、2度目の保釈請求では、これを撤回し、「あらゆる保釈条件を受け入れる」との誓約を行っていたとのこと。

これらは、どちらかといえば逃亡のおそれを緩和するための措置といえます。

しかし、この譲歩の措置が功を奏さなかったところを見ると、本件において東京地裁は逃亡のおそれよりも証拠隠滅のおそれを重視しているものと思われます。

3.今後の展開は?

今後、東京地裁は、事前に争点や証拠の整理をした上で、数か月後を目途に公判を開くと見られます。

この間、ゴーン氏側は何度でも保釈請求を行うことが可能ですが、従来の裁判所の実務傾向からすれば、大きな状況の変化がない限り、保釈が認められる可能性は低いと思われます。

 

この点、前記のとおり「人質司法」とも評される従来の実務傾向については、本件を契機に国内外で批判が高まっており、それは東京地裁にとっても一定の圧力になっていることは否定できません。

本件そのものの帰趨は別にしても、日本の刑事司法は一つの転機を迎えつつあるのかもしれません。