2024.3.7
未払残業代について代表取締役に対する賠償請求が認められた事例~名古屋高裁金沢支部令和5年2月22日判決(労働判例1294号39頁)~弁護士:五十嵐亮
事案の概要
当事者
原告(控訴人)Xは、平成27年9月にA社に入社し、介護支援専門員(ケアマネージャー)として勤務したものである。
A社は、介護保険法による居宅介護支援事業等を目的とする株式会社である。
被告(被控訴人)Yは、A社の代表取締役であったものである。
未払い残業代請求に至る経緯
Xの平成31年3月分までの賃金は、合計30万2159円(基本給17万円、資格給1万円、固定残業代9万2159円、役職手当3万円)であった。
Xは、同年3月、主任ケアマネージャーに就任し、同年4月分以降の賃金は合計34万円(基本給22万1000円、資格給1万5000円、オンコール手当1万円、役職手当7万円、役職責任手当2万4000円)となり、主任は管理監督者[※1]であるとして残業代は支払われない扱いとなった。
令和元年9月、ケアマネージャーが3名退職することになり、ケアマネージャーがXのみになったため、事業継続が困難な状況となった。
令和2年3月31日、A社は居宅介護支援事業所を廃止することにし、Xも同日退職した。
令和2年6月19日、Xは、A社を相手方として平成30年1月から令和2年2月28日までの未払残業代等の支払いを求める労働審判を申し立てたところ、裁判所は、申立額(231万2053円)のとおりの未払残業代があることを認めた。
もっとも、同年6月30日、A社が解散したため、その後、未払残業代は支払われなかった。
訴訟の内容
Xは、Yに対し、代表取締役であったYの任務懈怠によりAから未払残業代の支払いが受けられず、未払残業代相当額の損害を受けたとして、会社法429条1項[※2]に基づき、損害賠償請求訴訟を提起した。
本件の争点
本件の争点は、主に、Yの任務懈怠の有無(争点①)、Yの悪意または重過失の有無(争点②)である。
[※1]【労働基準法】
第41条 この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
一 (略)
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
[※2]【会社法】
429条 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
裁判所の判断
争点①について
裁判所は、Xが管理監督者には該当しないとの判断をしたうえで、Yは、A社の代表者として、平成31年3月以降、Xを管理監督者として扱って残業代を支払わないことを決めたものであるから、平成31年3月以降、A社の代表取締役であるYの任務懈怠に当たると判断した。
他方、平成31年2月以前の未払残業代については、Yが勤務時間などを確認していたわけではなく、代表取締役が個々の従業員の勤務時間の正確性を逐一確認していなくても不当とはいえないとして、任務懈怠には当たらないと判断した。
争点②について
裁判所は、Yは、社会保険労務士に相談してXを管理監督者にすれば残業代を支払わなくてよいと言われたことから、管理監督者とはどのような立場のものか、Xの業務が管理監督者にふさわしいかについて社会保険労務士に相談することなく、残業代の支払い義務を免れるために管理監督者という制度を利用したにすぎないとして、Xを管理監督者と扱ったことについて重大な過失があると判断した。
結論
裁判所は、Xが管理監督者とされた平成31年3月以降の未払残業代の額を損害として認め、Yに支払いを命じたものである。
本件のポイント
本件は、会社に対し未払残業代の請求をしたが、会社が解散して支払わなかったため、代表取締役に損害賠償として請求した事案です。
過去の裁判例でも、会社が倒産・解散した事案において取締役に対する会社法429条1項の損賠賠償請求が認められたことがあります。
本件の特徴は、特に、管理監督者とする扱いについて代表取締役が直接決定したことから取締役としての「任務懈怠」を認めた点にあるといえます。
裁判所は、管理監督者と評価したことの「重過失」も認めていますが、この点については管理監督者の「当てはめを誤ったことが直ちに重過失とされるものではない」が「自分なりに管理監督者の判断基準に当てはめた上でXを管理監督者にしたものではなく、残業代を支払わない方法として管理監督者という制度を利用した」ことを理由としている点が本件の判断の特徴です。
この判断からすれば、単に残業代の支払いを避けるための手段として管理監督者の制度を用いることは避けるべきといえるでしょう。
初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2024年1月5日号(vol.288)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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